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しばらく歩いて足を止めた先には、人工池があった。水の上には手のひらに乗ってしまうほどの小さな船の上に火の灯されたキャンドルが幾つも揺れており、幻想的な光景だった。
「綺麗ですね」
「ああ。これを見せたかった。女性はこういうものが好きと聞いた……兄上から」
「さようですか」
兄弟の仲の良さを褒めるべきなのか悩んだけれど、一先ず無難な返事をする。
カルオットも期待してはいなかったのだろう。ティーナの返事に頷くと、再び口を開く。
「私はずっと後悔していた。酷い思い違いをして、大切な人を失ってしまったんだ」
唐突に切り出されたそれはあまりに重い内容で、ティーナはどんな顔をすれば良いのかわからない。
ただ水面を見つめるカルオットは痛々しいほど切なくて、失ってしまった人は彼が心から愛していた女性なのだとすぐにわかった。そして心臓が焼けるように痛んだ。
「……愛していたのですね、その方を」
「そうだな。私は感情を表に出すのが苦手で、一度も気持ちを言葉として伝えることができなかった。でも、いずれ妻になるのだから、そう焦らなくてもいずれ伝わると思っていたんだ」
「そうですか」
婚約者の前で、赤裸々に語る彼を詰りたい。なんてデリカシーのない男なんだと言えたら……そう思ったけれど、口から出た言葉は別のものだった。
「このお話は、他の方も知っておられるのでしょうか?」
「いや。王族……両親と兄上以外は知らない」
「そうですか」
なら、許してあげよう。
胸の痛みは消えないけれど、少なくとも彼にとって自分は大事な話を打ちあけても良いと思える存在なのだ。
「ありきたりな言葉しか見つかりませんが……お辛かったでしょうね」
「ああ、辛かった。しかも彼女はなんの前触れもなく私との婚約を破棄したんだ。その後、すぐに息を引き取った」
「そうですか……もしかしたらその方は、殿下が悲しまれないよう自ら身を引いたのかもしれませんね」
「どうだろうな。彼女は私を好いてはいなかったようだから、違うかもしれない」
「まさか。殿下を嫌う女性など、この国にはいないでしょう」
「そうとも限らない」
やけに頑固になるカルオットに、ティーナは肩をすくめる。
亡くなってしまった女性と張り合おうとは思わない。だが、今を生きる彼の心の傷はどうにかして癒やしたい。
「殿下、辛い過去は誰かに語れば少しは楽になるものです。もしよろしければわたくしにお聞かせ願えませんか?」
「……そなたにか?」
「あ、出過ぎた真似をして申し訳ございません」
「い、いや違う。ただ、少し言いにくいと言うか何というか……だが、一番聞いてほしい相手でもあるな。よし、この際だから聞いてもらおうか」
「は、はぁ」
悩んだかと思えば一方的に結論を下したカルオットは、目についたベンチを指差し「長くなるから座ろう」と提案する。
断る理由が無いティーナは、カルオットと並んで腰掛ける。
少し動けば肩が触れ合う距離に、こんな状況なのに変に意識してしまう。頬が熱くなる。どうか気付かれないようにと祈りながら、ティーナはカルオットに続きを促した。
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