episode.7

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episode.7

 シーヴァの突然の告白に何を言われたのか分からない様子で立ち尽くしていたフィンは、元の白い肌をより一層青白く染め、僅かに首を左右に振った。 「シーヴァ……違う……は……貴女じゃない……」 「どうして? お前だって、ずっと私を疑っていたじゃない。私が殺したのかもしれないと、半信半疑でいたからこそ……お前はいつだって私にすべてを許すことはなかった」 「それは……」 「いいのよ。疑いながらも私を求めずにはいられなかったお前が、私は愛おしくて仕方ないのだから」  そう言ってシーヴァはくすりと笑うと、銀色の長い髪を肩から払いのけてフィンに背を向けた。ベッド脇に置かれたナイトテーブルの上にある赤い表紙の本を、細い指先でそっと撫でる。 「……お前の家族の最期を、教えてあげようか?」 「シーヴァ……っ、違う……貴女じゃないっ……貴女は、あの日──……」  呼吸を乱したフィンの否定に、シーヴァは再び喉を鳴らして笑いはじめた。離れた距離からでも分かるフィンの心臓の鼓動が、耳にざらつく。同じ早鐘のような鼓動でも、先程の吸血時とは違う。耳障りな、激しい動悸。心が乱れる音。 「フィン、嬉しいわ。思っていたよりもずっと、お前は私に忠実な従属者だったのね」 「貴女に……私の家族を殺す理由なんてないはずです……っ」  絞り出すような苦痛の声を聞いたシーヴァは、赤い本に書かれたタイトルをなぞりながら、肩を小刻みに震わせた。  なんて滑稽で、愉快なのだろうか。  人間の心を捨てきれない、健気で憐れな私の従僕(フィン)。  シーヴァはゆっくりとフィンの方へ振り返ると、美しく冷ややかな微笑を浮かべた。幼い姿とは対照的な大人びた凄艶(せいえん)な笑みが、人形のように整った顔立ちと相まって、シーヴァを更に冷徹で恐ろしい姿に見せる。 「フィン、お前はまだ私のことが分かっていないのね。私はね、お前が欲しかったのよ。ずっとお前が欲しかった。お前のすべてを私のモノにしたかった。邪魔だったのよ……お前の周りにいる、すべての人間が」  淡々と吐き出されたシーヴァの言葉に、ぐらりとフィンの視界が揺れた。よろめきながら背後のドアに体を押し付け、力を失った足からずるずると床に崩れ落ちる。  目元を片手で覆い隠し、息を荒げて苦しむフィンを見つめて、シーヴァは銀色の睫毛をそっと伏せた。 「なぜ──……今更になって、そんなことを……」 「なぜって……お前の心が今でもずっと、あの日に囚われているからよ」  シーヴァは溜め息混じりにそう言うと、すうっと腕を伸ばして人差し指をフィンに向けた。その緩慢な仕草でフィンのネクタイがするりとひとりでに解け、ワイシャツのボタンが上から順に二、三個と弾け飛んだ。 「なにを……っ」  動揺するフィンの露わになった首元から、シーヴァは指先の動きだけでチェーンに繋がれたふたつの指輪を宙に浮かび上がらせ、有無を言わせぬ不思議な力でぶつりと勢いよくチェーンを引き千切った。ボタンと同じようにフィンの目の前で弾け飛んだふたつの指輪が、ころころと虚しく床に転がった。 「よかったわね、フィン。憎い復讐相手が見つかって。もう一生懸命探す必要もないわ。どうする? どうやって私を殺す?」  床に落ちた指輪を呆然と見つめているフィンに、追い打ちをかけるようにシーヴァは言葉を続けた。 「お前に私を殺せるかしら? 私が死ねば、お前も死ぬ。不死の私を、どうやってお前が殺してくれるのか、楽しみね」  赤い瞳を細めたシーヴァは、ナイトテーブルの上から本を手に取った。ぱらぱらと目的もなくページを捲り、床に座り込んだままのフィンを見つめる。 「ねぇ、この本。女吸血鬼(カーミラ)の最期を知っている?」  楽しげに声を弾ませ、シーヴァはすぐに本を手放して床に落とした。 「──私は簡単には死なないわ。お前が私を、棺の中で眠らせてみなさい」  ゆっくりとした足取りでシーヴァはフィンの元に向かうと、身を包んでいたシフトドレスを脱ぎ捨てた。生まれたままの姿で妖艶に微笑み、俯くフィンの前でしゃがみ込む。 「フィン……これから毎日、どうしたら私を殺せるのか、考えながら眠りにつきなさい」  戸惑いに揺れる灰色の瞳を上げたフィンを細い腕で優しく抱き締め、そっと耳元に唇を寄せる。 「──……愛しているわ。私の可愛いフィン」  憎悪でさえも、欲してしまうほどに。  慈しむように囁き、フィンの柔らかな髪に指を通す。  嗅ぎ慣れた肌の匂いが体の奥深くを疼かせ、あの日と同じように鋭く光る獣の牙を、フィンの首筋へと当てがった。 「シーヴァ……本当のことを、言ってください……」  抵抗する気のないフィンの口から漏れ出た呼び声に、シーヴァはうっとりと目を細める。  真実だろうとなかろうと、どちらにせよ、フィンの心はシーヴァで埋め尽くされるのだ。  ぷつりと皮膚を鋭い牙が突き破れば、溢れ出した狂おしいほどに美しく真っ赤な血液が、フィンの色白の肌を涙のように伝い落ちていった。
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