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支部長から話を聞いた、と福島の開発センター長が部屋を訪ねてきた時、彼は正直に伝えた。
「できる自信がありません」
福島のセンター長は、療養所の名目があるだけにどこか医者らしい風貌をもつ、年配の男だった。ボードに書く字は、カルテに書くようなものすごい字だった。
「二週間だけ、彼につきあってください。その後のことはまたその時考える、とチュウソンジさんも言ってますから」
なあなあで事が運ばれていく感じもする。
彼は急に質問を変えてみた。
「耳は治りますか」
「可能性は、ゼロではない」
書いてとんとん、とマジックで叩いた。
表情は自信ありげだったが、数値的には、ゼロに限りなく近そうな気がした。
「今日から昼食後、着替えておいてください。一時からライトニングの訓練です」
彼が行ってしまってから、サンライズはまたベッドに寝転んだ。
朝食も済んだばかりだというのに、やたら眠かった。何もやる気がない。午後もこんな気分のまま突入しそうだ。
気がついたら、本当に寝てしまっていたらしく、時間はすでに昼に近かった。
脇机の上に、昼の薬とお茶、そして封筒が二通あった。寝転んだまま手をのばした。
一つは現金書留、もう一つは普通の白い封筒。
白い方の差出人を見て、あわてて起きあがる。由利香からだ。
家庭用の携帯は預けてあるので、連絡はすべてカイシャ通しになっていた。何か直接話したいことができたのだろうか? 手紙なんて、付き合い始めた頃以来だ。
内容は、短かった。
「タカさん
耳はあまり治ってないと聞いたけど、がっくりしてる?」
うん。
「こちらはみんな、元気です」
よかった。
「まどかは、プールが始まってゆううつそう」
泳げないんだよな、教えてやりたい。
「小僧さんたちはこの頃また夜寝ません。こわいパパがいないのが判ってるみたい」
いても寝ないし。
「早く帰ってきてね、みんな待ってます」
末尾に、ハートマークが並んでいた。
彼はそっと、手紙を顔に寄せて目をつぶった。由利香の香りがする。
すごく、すごく会いたい。
はあっと大きなため息をついて、もう一通を取り上げる。かなり厚い。
総務からだった。中に、社内箋の手紙が入っている。ローズマリーの字が躍っていた。
「拝啓、相変わらずカイテキにお過ごしのことと存じます」
バカ、心の中でつぶやく。
「面会に行きたいけどヒマがなくて、ついでに金もない」
飲んでばかりいるからだ。
「行っても、話もできんので手紙にしましたよ」
この、「よ」って何だよ。
「見舞いは出さないヤクソクだが、どうしても! って連中がうるさくて、キフ金ということでこれだけ集まった。まだまだ貢ぎたいというのが2列に並んでいたが、、どうせ使い途がないだろうと思ってそれはまた次。だからまだ退院するなよ、儲けのチャンスだから。
でも早く戻らないとメイサンがデスクにトラップ仕掛けるって」
作戦課の主任、八木塚はよくも悪くもトリッキー。あの女性ならやりかねない。
「カンベンしてくれよ」
くすりと笑いながら彼は中の封筒を開けた。
千円札ばかり、くしゃくしゃのもの、ピン札、三つ折りの跡、さまざまな札がきれいに揃えられて二十三枚、入っていた。
そしてカードが一枚。二十三人分の寄せ書きがついていた。
一人ひとりの名前を読む。ローズマリー、ゾディアック(任務中につき代筆)、メイさん、キサラギ、陳さん、ナミちゃん、よっちゃん、テイさん、カンナ、ポチ、乃木さん、本部の人間も何人か……日頃あまり付き合いのない連中までぎっしり、小さいカードにメッセージを詰め込んでくれてある。
カードの裏に、タイプ文字があった。読んでみると
『サンライズ基金。このお金は、世界の恵まれないプアな人々を助けるために一九九五年に創設されました。もらえたのは現在までにアナタが世界で四番目、アジアで二番目です』
サンライズは笑いだした。
「アホだ、こいつら本物のアホだ」
笑いながらも、目の奥がじんとした。
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