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それからライトニングは、次々と思いつくままに質問を投げかけてきた。
子どもはいるの? 一人? 二人? え、三人とか? すげえ。東京に住んでるの? 東京の近く? この仕事長いの? いや、そうじゃない、もう五年以上働いてるの? 自分がシェイカーだって分かったのは最近? 耳は最近悪くなったの? 仕事が原因で悪くなったとか? (これには、『はい』でも『いいえ』でも答えにくかったが、少し考えてから『いいえ』と答えた)酒は好きかい?
手話や、口パク、ホワイトボードを駆使している。質問には脈絡がないらしく、記録の字がだんだんいい加減になってきた。
そういうサンライズも、けっこう行き当たりばったりの質問だった。
それでも彼のことが少しずつわかってきた。
福島市内、ここから近い所に父と弟がいる。弟は高校を卒業したばかりで、父と別れて暮らしている。そんなに若いのに一人暮らしか、と感心したがライトニングの顔つきで何かわけがありそうだと気づいた。
こういう時にこそスキャニングなんだろうが、できなくて残念。まあいいや。
父親の事も、あまり積極的に答えない。
「父親との間に何か問題があるのか?」
聞いてみたが、すぐに答えなかった。
重ねて聞くと、ようやく「はい」と答えて下を向く。
これが極度な不快感かな? しかしここで引いても進展はない。
「弟とオマエとの間に、問題があるのか?」
急に彼は強く反応した。
「絶対ない」
「では父親と弟との間は良好なのか?」
これには迷ったようだが、サンライズの予想に反して「はい」との答えだった。
問題があるのは、彼と父親との間だけらしい。
ライトニングは急に目をそらし、口の中で何事かつぶやいた。読み取ろうと思ったが、すぐにこちらに向き直り、肩をすくめてみせた。
「なんでもない、次行こう」
力については、全然意識したことがないが、小さい頃から友人は多かった。
というより、どちらかと言うとガキ大将タイプだったようだ。みんなが彼の号令に従って動く、カジカやトンボを採りにいくのも、近所にできたコンビニを偵察にいくのも、みな彼が率先して、仲間を引きつれていったらしかった。
中学までの成績は下から数えた方が早く、高校は私立の滑り止めになんとか入ることができた。
それでも、この頃に母親が亡くなり、少しは心を入れ替えたらしい。東京都内の調理師専門学校に入り、和食の道に進もうと勉強した。
しかし、結局故郷に帰るのをやめ、東京都内で働き口を転々とする日々を送っていた。
ここまでで、質問数のほぼ大半を費やしてしまった。
要領よく聞く、というのは案外難しいものだ。
そろそろネタも尽きてきたかな、という時、ライトニングが聞いた。
「もしさ……相手の心が読めたら……相手を動かすことができるのかな? 相手の、意思を」
自分自身に訊ねているようだった。
難しい質問だ。『スキャン』を時々使い、それを取っ掛かりにして相手を『シェイク』したという経験は、あるにはあったがここで完全に「YES」と答えるまでの自信はない。
初めて彼は、「わからない」と答えた。
「必ずどちらか、といわれても、分からないものは分からない」
しばらく二人ともおし黙っていた。
やがてサンライズがこう切り出した。
「もしも、力が自分の意思でコントロールできるようになったら、やってみたいことがあるのか?」
ライトニングはかなり考えていたが、ようやく出した答えは「はい」だった。
「それがどんなことか、教えてくれるか? 今でなくても」
「ちょっと待ってくれよ、今度はオレの番だ」
ライトニングは座りなおした。
「この力があって、幸せなの?」
オレ? と自分を指をさしたらうんうん、と首を縦に振っていたので、にやりとしてから「いいえ」と答えてやった。
がっくりした顔の彼に向って更にこう言う。
「今は無いから、それに限って言えば幸せだな」
さっきの質問に、答えてくれるか?
傷つけられた子どものようなすねた口元のまま、彼は答えた。
「NO」
そして口が動く。
「少なくとも、今はイヤだ。答えたくない」
サンライズはちらりとメモをみた。質問はあと一つだった。
ライトニングは、真剣な表情のまま聞いた。
「アンタの家族が幸せに……いや、無事に過ごせるんだったら、その力を使って誰かを傷つけてもいいと思う?」
サンライズは少し目線を外して、「NO」と手を振った。
今日の研修は終了した。
立ち上がりながら、枕元の壁に貼ってある写真に目がいった。
カレンダーの上を切り取って貼ったらしい。美しいカラーで、すっきりした裾をひいた火山が写っていた。
真ん中の火口が大きくひらき、峰の周りを細い小道が取り巻いているのが見えた。
「美しい山だ」
ライトニングは同じように写真に目をやって、少し自慢げに彼をみた。
「アヅマコフジ、というんだ。こっから近いんだよ、けっこう」
なるほど、下に小さく『吾妻小富士 標高1707m』とあった。彼は、どこか遠くをながめるように言った。
「いつかさ、弟を連れて行くんだ。まだ一緒には行ったことなくて……写真やテレビで見るたびにここに一緒に行こう、ってね、」
だんだん言葉が尻すぼみになってきて、よく分からなかったが多分、そんな感じだった。
彼のどこか、あきらめにも似た目の色がサンライズには少し、気になった。
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