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「これだけ渡してくれれば良いから! 陽人ってバレないように、言葉は交わさなくて良いから! ね、お願い!」
手を擦り合わせ懇願してくる月翔は、俺が納得するまで引かなそうだ。
「はぁ……分かったから、お前はもう寝ろ。体調はどうなんだ? ごはん、食べられそうか?」
「え、っと……お昼はちゃんと食べる」
「分かった、お粥作っておくから」
言いながら、月翔の額に手を当て体温を確かめた。
元気に喋っているように見えるが、それは見せかけだ。普通にしていても体温は高いし、食事も喉を通らない事が多い。
なので冷蔵庫から桃味のゼリーを取り出すと、月翔の前に置いた。ついでに水と薬も置き、作っていた朝食にラップをかけお粥を作り始める。
「あ」
その時、不意に外で稲光が走った。部屋に青い光が入り、ギョッとした顔で俺は外を見る。
「これは……最悪だな」
今日は曇りだと思っていたが、外は起きてすぐに見た時とは比べものにならないくらいに暗く、雨が降り始めている。
この天気では、登校に時間が掛かる事が多い。
いつもは月翔を頼りにしている道も、今日はいない。
その事で心配そうに月翔から視線を送られるが、俺は苦笑し頷いておいた。
これくらい、平気だ。時間をかけていけば何とかなる。
だからパッとお粥を作り朝食を食べ、身支度を整えると家を出た。
俺の通っている李咲学園は、徒歩十分ほどの所にあった。
偏差値はそこそこ高い共学で、文武両道を目指し部活は強制、ちなみに俺は天文部の幽霊部員をしている。
家を早めに出たにもかかわらずギリギリで教室に入った俺は、遅刻しなかったことに対しホッと安堵の息を零した。
入学して早々に遅刻をし目立ちたくはない。
それに俺が遅刻をした事で、月翔に負い目を感じて欲しくなかった。
「あれ、陽人?」
そんな朝の事を思い起こしていると、机に影が落ちた。
「どうした、弁当持ってるんだろ?」
「いや、ちょっと……自販機で、飲み物でも買ってこようかと」
「それなら俺が買ってきてやるって。何が欲しいんだ?」
「え……っと」
入学して友達となった羅口剛は、世話焼きなのか何かと俺の事を心配し、あれしようかこれしようかと手助けしてくれる。
そんな剛を、誤魔化しはぐらかせるとは思えない。
なので早々に諦めた俺は、「実は」と心配させないように明るい口調で話した。
「ちょっと弟に用があるんだ。だから、悪い! 先に食べててくれ!」
「え? でもお前、外……!」
「すぐ戻るから!」
有無を言わさず、月翔の制服が入った袋を抱え教室から飛び出る。
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