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「ごめん……本当に、ごめん」
「だから、謝んなって」
「……ごめん」
「ああ、もう! その口、塞いでやろうか!」
「ごめ……っ」
ごめんしか出て来なくなった俺の口を右手で挟むと、その口の横、あと数ミリで唇という場所に唇を寄せられた。
間近に迫った男らしい端正な顔立ちに息を詰まらせ、俺の体は固まってしまう。
「お前……男が恋愛対象外とか、嘘だろ」
「……へ?」
「普通はいきなり顔を近づけられたら、驚きはするが赤くならねえぞ」
言われ、パッと顔に手を当てた。
「赤いか?」
「おう、真っ赤だ」
「……悪い、こんな顔見せられても気持ち悪いよな。すぐに落ち着けるから、ちょっと待っててくれ」
慌てて当てた手はひんやりとしていて、熱くなった顔の熱を吸い取ってくれる気がした。
大きく息を吸って、吐いて、心臓の音を落ち着かせる。
「お前、昼の俺の話ちゃんと聞いてたか? 俺はお前に、『惹かれた』って言ったんだぜ?」
「あ、ああ。そんな事言ってたな」
「惹かれたやつのそんな顔見せられて、そそられない訳ないだろ? 落ち着けなくて良いから、その顔もっと見せろよ」
切なそうに目を細めると、來海は俺の顎を掴んできた。今度は先ほどのからかうような雰囲気ではなく、真剣な雰囲気で、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「お前……ここは大人しく、キスされる所だろ」
「な、何言ってんだ! こんな誰に見られてるか分からない所でするものでもないし、そもそもそういう事をする仲じゃないだろ、俺らは」
「そういう事をする仲になりたいって俺は言ってるんだけどなぁ? ……まあいいや、帰るんだろ? 快陸はもう向かってっから、早く行こうぜ」
來海の口に当てていた両手を外すと、彼は俺の右手を取り歩き出した。
自分の情けなさに沈んでいた心は、來海とのやり取りにより隅に追いやられ、震えていた手はいつの間にか止まっていた。
掴まれているおかげで、周りに広がっている恐怖が薄れている。
それは確かに怖いけれど、身が竦むような恐怖ではなく、そこらに転がっているような恐怖だった。
「ありがとな」
だからそうさせてくれた來海にぼそりと礼を言うと、俺の言葉に立ち止まった來海が俺の頭に手を乗せてきた。
「ごめんより、そっちの方が良いな」
本当に嬉しそうに口角を上げると、再び歩き出す。
(俺は、本当に……周りの助けを借りて生きてるよな)
それを見て、ふとした瞬間に思う事を俺は今日も頭に浮かべた。
いつも誰かに頼って、自分の足で中々立てなくて、心配されて、手を借りて生きている。
その事が本当に情けなくて、自立したくて、でもできなくて。
最近そんな思考がぐるぐると巡って落ち着かない。
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