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【1】謎の孤島
〜3週間前〜
チリ領イースター島。
ポリネシアン・トライアングルの東端。
最も近い有人島まで、直線距離で2000km。
まさに南太平洋に浮かぶ絶海の孤島である。
マタベリ国際空港に、特別機が次々と着く。
島とは不釣り合いな、3,300mの長大な空港。
チャレンジャー号の爆発事故によって、緊急着陸地のリストから外された、NASAのスペースシャトル計画が産んだ遺産である。
『島民の約半数が死亡!』
その記事は、イースター島の謎を追いかけていた、考古学者の遺言となった。
WHO (World Health Organization:世界保健機関 ) は、本部であるスイス・ジュネーブから、 エマ・ヴィルト博士とリアム・オイラー博士を派遣した。
時を同じくしてアメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention:アメリカ疾病予防管理センター)は、ジョージア州アトランタにある感染症対策総合研究所から、ジョン・マーシャル・ディオン博士とセリーヌ・マリー・クレメンズ博士を送り込んだ。
日本も、国内に3ヶ所ある厚生労働省感染症指定医療機関から、新宿区の国立研究開発法人、国立国際医療研究センター病院に属するDCC(Disease Control and Prevention Center :国際感染症センター )の葛城優磨・玲衣博士夫妻を向かわせたのである。
現地で彼らを迎えたのは、山の様に燃える大きな炎であった。
本来、この島には火葬の風習は無く、昔ながらの土葬が普通であるが、先に着いたWHOのエマとリアムは、感染対策として、約3000の遺体を燃やした。
国境を越えた調査が始まった。
「3000人の死者を出しながら、どこにも感染病の気配がないわね」
葛城玲衣が呟く。
それは、これまで数々の感染病と闘って来た、博士達全員が感じていた。
それは、犠牲者達の死に方にあった。
「どの症例も、突然発症してから僅かな時間で死亡し、そのほとんどが自殺か…事故だ。どうやら南の孤島での大量不審死に、先入観を持ってしまった我々のミスかもしれないな」
調査団が集まり、最初の犠牲者らしい者が見つかった場所へ行くことになった。
既に感染症の疑いは消え、あまり意味はないとの意見もあったが、始まりは得手して重要な手掛かりとなる。
唯一の村ハンガロアから3キロほど歩いた内陸部に、アフ・アキビのモアイが7体ある。
有名な観光スポットであり、モアイの謎の一つでもあった。
島の周りを囲む様に、1000体ほどのモアイ像があり、ここの7体以外は、全て海を背にしているのである。
「ここがスタート地点か…ん?やっぱり」
「どうしたの優磨?」
「遠くから見た時、このモアイだけ微妙にズレている様に見えてな。ほらここ」
アフ・アキビのモアイは、アフと呼ばれる石の台座の上に立っており、その台座に擦れた跡が残っていた。
「誰かがこのモアイを動かし…死んだ」
玲衣が通訳を通じて、動かしていいかと尋ねている。
しつこく頼むと、呆れて帰ってしまった。
「このアフの下には、人が埋葬されているらしいからな。よっ!」
喋りながら一番小さなそのモアイに抱き付き、ずらした。
「優磨!何やって…あっ!」
僅かに出来たモアイとアフの隙間から、小さくて半透明な蝶が次々と舞い出て来た。
その何頭かが、優磨と玲衣の肩や腕にとまる。
「可愛いもんだな。どれどれ?」
LEDライトで隙間を照らした。
その瞬間。
すごい数の蝶が隙間から飛び出した。
思わず尻餅をつく優磨。
「光に敏感なんだな」
起き上がり、モアイを元に戻した。
「まさかこの可愛い蝶に毒でも?」
玲衣の顔を窺う優磨。
「何よ?」
「玲衣が落ち着いてるってことは、大丈夫だってことだな」
「まぁね。この蝶なら死骸が村にあって、アメリカが調べてたわ。毒性は全くなしよ」
「しかし、人懐っこいヤツだな」
優磨が指を近付けると、その指先に乗った。
「あなたは昔っから、昆虫好きよね」
「仕方ないだろう。親父が昆虫博士だったからな。でもこれは珍しい蝶だな。触覚が無く、口吻(ストロー状の吸収管)もない」
「そろそろ皆んな引き上げる様だわ。私達も今日は帰りましょう」
調査員達は、無害と分かった蝶に興味はない。
明日は、火山と水源の調査をする予定である。
水平線に沈みゆく夕日は、格別に美しい。
いつもなら、観光客とそれをもてなす踊りや、音楽で賑わうハンガロアの夜。
人口約6500人の半数を失い、ひっそりと静まり返っていた。
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