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……ダメだ、これから憧れのお店に初出勤するのに。
邪な感情を振り払うように、頭を左右に振った。
気持ちを切り替えて、足取り軽く『パティスリー・トモ』のお店へと向かって――
入社一日目にして、想像を絶する忙しさにコテンパンにやられる羽目になった。
頑張って仕上げたケーキが、作っても作ってもすぐに売れてショーケースの中から消えていく。
この店のショーケースは、ケーキで満杯になることなどないのではないかというくらいに……製造が追いつかない。
「うぅぅ……」
フルーツタルトの上に乾燥防止とツヤ出しのためのナパージュを塗りながら、意味のない呻き声を上げた。
カフェでのバイト経験もあるし、割とすぐに慣れるだろうとか思っていたけれど……
超がつく程の人気店の仕事ナメてました……ごめんなさい。
「結月ちゃ――じゃなくて、森川。次、苺のヘタ取りして。大至急」
友季さんも、部下としての私の呼び方に未だに慣れていない模様。
「は、はい! シェフ」
私も、友季さんのことを“シェフ”と呼ぶことにまだ違和感がある。
「ゆづちゃん、大丈夫?」
私の幼なじみでもあり、友季さんの奥さんでもある松野 舞ちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
舞ちゃんは現在妊娠中で、制服のコックコートの上からでもなんとなく分かるくらいにお腹が目立ってきている。
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