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故郷では本当に挨拶だった
下層の者で実際にAI領主の姿を見ることは叶わず、しかし囚人は一度だけ拝んだことがあった。彼らは4人、もしくは4体存在している。そして、その補佐に人間がついて回り、プログラムの想定を超える場合に対処しているようだった。またその下に町長やら村長やらがいるようだが、囚人は詳しく知らない。
AIという人工の存在が何故人の上に立ち街を支配しているのか、理由は誰かが言っていたがすでに忘れてしまった。下層の人間にとってはなんの意味もない情報だったからだ。
因みに、上層とは隆起した土地のことで、下層はそれ以外の土地を指す。自分が少し前まで従わされていた奴が言っていたのを真似ているだけだ。でなければその言い方すら知りようがなかった。
アァ、忌々しい男どもを脳内でぶん殴ってみた。思い出しただけでむかむかする。
偶然目が合った兵士に一層警戒された挙げ句頬にうっすら筋が入った。顔はいてえんだから、と苛立ちついでに歯を見せて目玉を大きくすると、ひっと小さく悲鳴を上げた。ザマァみろだ。
「大人しくしろと言っただろうが、囚人が」
「あぁ、挨拶だろこんなン」
「黙れ」
へぇ、と感心する囚人には、領主館に着いたばかりの哀れな罪人らしくない余裕があった。
もとよりマトモな死に様じゃねぇと思ってはいたが、まぁさか こンな立派なとこでたぁ予想外。と、内側は高揚すらしていた。
神に祈って救われた覚えはなく、そもそも祈るなんて良い子な真似はしたことがない。必要なら奪って傷つけて ものにしてきた。
平和を掲げて罪人を派手に殺すタァ、AI領主はなかなかだァ。ご機嫌は恐怖と同居していい具合にカオスをつくっている。
囚人の中で無意識に防衛機制が働いているのかもしれない。もしそうだとすると、本人が気づくはずはないのだろう。
兵士らがとある扉の前で止まった。やっとご対面か。
「失礼いたします、領主様。囚人をお連れしました」
「お入りなさい」
「はっ」
ノックの後に声を掛けた兵が囚人を通すために扉を大きく開けた。内側にも兵がいたが、彼らは護衛専門か。何やら書類仕事をしていたらしく、ソファに腰掛けた領主の前には沢山の紙とインク壺、それから領主の手には濡れたばかりのペンが艷やかに光っていた。
威厳のためか? それとも、元々の仕様ってやつか?
AIという存在には人間の贅沢を望む心はないと囚人は聞いた。以前働かされていた場所の倉庫にホコリまみれのものがあり、指で押してみたら沈んだ。座ると心地良いらしい。
「気になるのでしたら、座ってみませんか?」
「りょ、領主様っ!」
「大丈夫ですよ、サドナルグも言っていました。こちらが手出しせず、相手にメリットがなければ暴れはしないだろうとね」
人工物のくせに、何故か今まで見た中で一番奇妙だ。囚人の顔は何だコイツ、と言いたげだった。
囚人は可笑しな考えを浮かべた。人工物だからこそ、と思えば筋が通るのだが。
伝聞による情報が大半を占め、AIという存在の仕組みを知らなかったのだから無理もない。
「サドナルグ? 誰だそいつ」
「口の聞き方に気をつけろ囚人風情がっ!」
「まぁまぁ落ち着いて、サドナルグというのは、私の補佐官なのです。わかりやすく言うと、ここ西部の区域では2番目に偉い人ってところでしょうか」
ペンを置いた領主がこちらを見ながら会話してくる。
顔は木製の加工物のようだが、目玉や口元から鈍い光を放つのは紛れもなく鉄製だろう。多分金の問題、と予想を立てた。頭部は剥げているし、服もないに等しい。無数の線が領主の体の上をいくつも走っている。まじまじと見たが、何がどうなって話をしているのかわからない。
「へぇ、アンタは結構話せるんだァ」
「お褒めに預かり光栄…というのは違いましたか?」
「領主様っ! このような奴に光栄などとんでもない話です!」
うるせぇなと思うが、腐りきったアホよりもマシな人材だろう。耳が痛むが。
「それから、兵士の皆さん、ここまでご苦労様でした。後は私に任せてください」
「し、しかし」
「大丈夫ですよ」
丸くて黒い目玉が兵士らを見遣り命令した。渋々と、最後に威圧をかけて去っていく彼らの姿は実に天晴。
下層にはいない部類だなァ…と、囚人は訝しみつつ見送った。
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