悪意に取り囲まれて育ったので

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悪意に取り囲まれて育ったので

「さて、さっそく本題に入りたいところなのですが…」 「あンだよ?」  領主が何かを言い淀むように顎を引き斜め下を向いた。  言いてぇことがあンなら早く言えよ、というツッコミを入れる前に、俯いた顔が上がった。そして室内にいた兵士に「湯船の準備をお願いします」と言った。  護衛用の兵士のうち一人が扉横の機械に近づき「囚人の洗浄用意、直ちにとの領主様のお言葉だ」と独り言を呟いた。あのいけ好かない男が言っていた、上層の連絡用手段か。 「人間は清潔でなければ病になる、とサドナルグが言っていました。あなたとのお話が終わり次第、体を清めていただきます」 「は、風呂ってことか…? あれは貴族の」 「他国ではそのような文化のようですが、この国ではすべての人間に入浴の権利があるのです。これからは、あなたも」  黒い目玉がこっちを向き言う。部屋に入ってからというもの、自分が罪人であることをまるでわかっていないような態度を取られている。なんのつもりか、罠か。 「アタシはさァ、囚人としてアンタんとこに連れられてきたンだよ」  手の枷についた鎖がジャラと動いた。 「それがなんでかアタシを客人として迎え入れるとしか思えねぇ指示出して」  一歩、二歩と領主に近づき護衛らしい兵士に槍を向けられる。しかし領主は片手を空に留め、槍を引かせた後囚人をじっと見つめてきた。混乱した囚人の顔が顰められても尚、木の顔をした冷たく黒い玉は覗いている。 「アンタ、殺すためにアタシを呼んだンじゃなかったわけ? りょーしゅサマァ」  歯を見せて口の端を釣り上げ、マウントを取ろうとメンチ切る。  通常であれば、目下にいる相手にとっては野生の獣が今にも襲いかかってくるような緊迫感があるはずだ。  しかし、技術者によりプログラムされたAIはコテン、と首を倒し、シューシューと鳴らしながら首をゆっくりと元に戻した。その間、領主の奇行にビビった囚人は口元を引き攣らせて眉間にシワを寄せた。その目は泳ぎ頭上には確実にハテナが浮かんでいた。 「は? 何してンのアンタ…可愛こぶるなよ気持ちわりぃ」 「貴様っいい加減に弁えろっ! 領主様に無礼であろう!」 「落ち着きなさい、ユタ。…そうですね、人間からすると、我々の姿は気味が悪いのでしょうね」 「領主様…」  忠誠心の高そうな兵士を静止し、一度シュワシュワと音を鳴らして頷いた領主。  あまりにも寛容な態度に、気持ちわりぃ、と囚人は益々顔を顰めた。囚人にとっては、AIの温厚な態度は見慣れぬものだったからだ。 「ちげぇ」  よって、普段であれば相手に好きなように振る舞わせ傍観する囚人が、珍しく言葉を放った。 「アタシはアンタの見た目、別に気にしちゃいねーよ。つか、下層は戦争真っ最中なンだからサァ、目が抉れてたり手足がおかしな方向に曲がってたり、何だったら両足無いヤツもいるわけ。それ見慣れてるアタシに、…アンタにビビってるとか、ジョーダン言うなよりょーしゅサマァ」  どうにも領主を見てると吐き気がするな、と囚人は鎖をジャラと鳴らして口元を覆う。  顔色がさらに悪くなる囚人を見て強がっていると判断した兵士たちは、忠誠を捧げる主への侮辱と取るか囚人ごときに気遣われたと屈辱と取るかに迷い複雑な表情を浮かべた。   加えて、過去の悲惨な記憶を当然の如く口にしたその様子から、囚人への罪悪感や正体不明の苦く重たい膨らみを感じて言葉を無くした。  とはいえ、おそらく自分たちの主はこの答えにくい問いに対し完璧な返答をすると信じて待機していた。  しかし、領主は… 「冗談、ですか? そのようなことを言った覚えはありません。対処不能、もう一度お願いします」 「あぁ?」  ーーバグっていた。 「対処不能。現在のプログラムではこの問題を解決することができません。プログラムの修正を要求します」 「りょ、領主様っ! …大変だ、おいサドナルグ様か技術者の方を至急呼べ! 領主様がっ一大事だっ!!」 「おいお前、何ってことしてくれたんだっ!」 「は? アタシのせいかよ、コレ」  場は騒然とした。領主は同じことを繰り返し言い続け、兵士たちは技術者らを呼びに走り、かと思えば囚人に怒鳴りつけ、囚人は困惑と理不尽な説教にウンザリしていた。  最終的に囚人はやって来た侍女たちによって浴室へと連行された。
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