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白いタオルのなか。
くだんは──いや。
俺の赤ん坊は。
手をゆっくりと動かしていた。
濡れた長い長い髪を体中にまとい。
少し離れがちな両目はきつく閉じられていた。
顔は細長く、肌は赤黒い。
わずかに開く、大きめな口からは白い歯が見えた。
「あ、あぁ……っ!」
俺は思わず一歩後に後ずさって。
医師にぶつかった。
そして──思いだした。
大丈夫ですか!
気をしっかり!
耳元でそんな声がした。
でも、俺は反応が出来なくて。
ただ。住職の言葉が頭を過ぎった。
『くだんが次のくだんを予言して死ぬ』
さらに。
あのくだんが俺に言っていた言葉を。
今になって理解出来た。
心に封印していた記憶があっさりと蘇る。
『おぉえぇぃいめぇあぁ』
あれは。
『おまえにきめた』
俺はあのとき呪われた。
呪いとは理不尽なもの。
呪われた俺になにかあるとは限らない。
本当に呪われたのは俺の子供!
「あ、ああああぁぁ──!!」
俺は思わず頭を抱え込んでその場に崩れ落ちた。
「定家さん、しっかり! 気をしっかり持って下さいっ!」
俺の声に驚き、看護師達が小さく悲鳴を上げる。
医師だけが俺に的確な判断を下した。
「一先ず、落ち着きましょう! 外の空気を吸いましょう」
そう言って引きずり出されるように俺を外に連れ出した。
近くの椅子に俺を座らせ「また、後でお呼びしますから」と、また分娩室に戻って行った。
「ははは、はは……どうしろと……俺に、どうしろと言うんだっ!!」
俺はただ、叫んだ。
どうしようもない気持ちを叫んだ。
そこにおずおずと、一人の看護師が近づいてきた。
もう、一人にして欲しかった。
俺は拒絶の意味も込めて下を向いた。
「あの。定家さんですよね。すみません。先程、紫の着物を着た──隈部結城様と言う方からお手紙を預かって」
俺はその名に驚き顔をあげる。
看護師の手に白い封筒があった。
俺はひったくるようにその封筒を奪い、中身を見た。
失礼しますと、怯えた様子で看護師は素早く立ち去った。
手紙からは紫の──紫陽花の花弁がはらはらと落ちて。
『定家錠様へ
くだんの件について。迎えにいく。全ては仍って件の如し。 隈部結城』
達筆な字で書かれた手紙が一枚あった。
俺はそれをぐしゃりと握り潰し。
「──っ、はは! あははははっ! 誰が。誰が。お前なんかに渡すものかっ!」
俺は立ち上がり、手紙を破り捨てて足で踏みつけた。
いつの間にか俺の瞳からは涙が流れていた。
俺はそれを気にすることもなく。
なんだ──俺も隈部も変わらないじゃないか。
ただ。
赤ん坊を。
娘を。
悪い男から守らないと行けないと思った。
閉じ込めて。
誰の目にも触れないようにして。
家に錠をして。
俺がずっと守ってやらないといけないと思った──。
了
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