僕と殺し

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なんてことはない仕事が終わり、飲みに行こうと誘う同僚達をやんわりと断り、僕はフィットネスジムに向かった。 夜が耽るまで程よく身体を鍛え、汗を流した。 食事もフィットネス併設のカフェ内にて、僕の担当のインストラクターの指示に従い、豆のサラダに、魚とささみのオーブン焼きを食べた。 デザートにフルーツのスムージーにプロテイン。 これで、軽く食事を終えた。 身体も程よくほぐれ、腹も満たされている。 時間も23時。 いい頃合いだと思った。 僕はシャワーをさっと浴びてスーツ姿から、黒のジャージに着替えてスポーツバックに荷物をまとめてジムを後にした。 「今日はどこにしようかな」 そんな事を言いながら家とは真逆の方向の電車に乗った。 快速の次の駅に降り立った。 小さな駅にはコンビニぐらいしか目立った明かりがなく、ちょうど目の前にフラフラと酔っぱらいの中年男性が歩いていた。 まさに僕の理想的シチュエーション。 丁度良いと思い僕は男の後を付けた。 中年男性は僕の思った通りに人気のない道を歩き、住宅街に繋がる裏道とおぼしき落差がある坂道のような階段を降りようとしていた。 だと思った。 僕はさっと歩くスピードを早めて素早くグローブを装着し、男性に声を掛けた。 つかさずポケットからスマホを出して。 「あの、すみません。このスマホを落としませんでしたか?」 えっ? と、驚いて男性は階段前で緩慢な動きでわたわたとポケットや鞄の中を探り出した。 僕はその間にさらに距離を詰めながら鞄からペットボトルのミネラルウォーターを取り出してキャップを撚る。 男は鞄の中からスマホを取り出し、安堵の表情を浮かべて「あ、俺のはあった。人違いじゃ」と言い終わる前に僕は。 「知ってるよ」 と、男の口の中にペットボトルを突っ込んだ。 ぐぼっと、濁った音がした。 男は慌ててペットボトルを退けようと両手でペットボトルを掴んだが、もう遅い。 「では、さようなら」 そのまま僕は微笑みながら男の胸元をとんと押してやった。 男はゆらりと後ろに倒れながらがぼりと妙な音と水を吹き出して、階段を頭から転げ落ちた。 僕もそれに追走する感じでテンポ良く階段を降りた。 落ちきって意識があったら頭を潰さなくてはと思ったが神様は僕の味方をしてくれた。 男は階段を転げ落ちて、下に着いた頃には白目を向いて仰向けに倒れてピクピクと身体を痙攣させて──そして首があらぬ方向に曲がっていた。 しかも失禁したのか股の間からは黒い染みがじわじわと広がりズボンと地面を汚していた。 良かったちゃんと死んでる。 やはり、これも。 「流石僕の女神(くーちゃん)様々だね」 僕はそのまま鞄から大型書店にでも売っているタロットカードを一枚、そっと男の血泡吹く口の中に入れた。 絵柄は愚者。 殺人現場に置かれた愚者のカードと殺人の目的の関連性は、世間と警察がまた勝手に考えてくれる。 難なく一人殺した成果に満足しつつ、次はどうしようかと思いながら僕は静かにその場を立ち去った。 そう、今日はもう一人殺そう思っていた。 最近体調がとても悪いくーちゃんの為に頑張らなくては。 「くーちゃん、待っててね。すぐ帰るからね」 僕は愛しい人の名前を呼び、自分に新たな活を入れて暗闇を歩き続けた。
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