1.青天の霹靂

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1.青天の霹靂

ある晩、鷲尾蓉平(わしお ようへい)は食事中に父から予想外の話を聞かされて耳を疑った。 「け、結婚する……?」 「ああ、そうなんだ」 「誰が?」 「私がだよ」 (父さんが、結婚……?) 父は蓉平を見て微笑んだ。 「お付き合いしている人がいることは以前話したよね?」 「うん――でも、まさか結婚するとは……」 「そんなに驚くとは思わなかった。母さんが亡くなってもう10年以上経つし、蓉平ももう33歳だろう。父さんももう還暦が近いし老後を考えたら愛する女性と一緒に暮らしたいって思ったんだ」 「一緒に……暮らす……?」 「ああ。もちろん蓉平のことを見捨てるつもりは全く無いよ。だけど、お前もいつ結婚してここを出ていくかわからないしね。父さんもパートナーと添い遂げたいと思うようになったんだ」 蓉平は頷くしか無かった。なぜなら蓉平は30歳を超えて尚も親のスネをかじっている引きこもりなのだから。 「おめでとう……。あの、ごめんね。ちょっとびっくりしただけなんだ。祝福するよ、父さん」 「ありがとう。お前ならそう言ってくれると思っていたよ。彼女のこともきっと気に入る。今度うちに招待して食事をしようと思ってるから、頼んだよ」 「――うん」 父が言うように、蓉平の母親が亡くなってもう12年になる。だから父が他の女性と付き合っていても蓉平から特に口を出すようなことなどない。 だけど、結婚してこの家で一緒に暮らすとなると話は別だ。 (――どうしよう。僕絶対邪魔じゃん……) 蓉平が引きこもりになったのには理由がある。蓉平の第二の性はオメガだ。子どもの頃からその際立った容姿とフェロモンにより男女を問わず追いかけ回されてきた。そしてオメガ特有の発情期が来て、一度恐ろしい目に遭った。それ以来学校に行けなくなったのだ。 父は会社を経営しているアルファで、うちは先祖代々の資産家だ。なので学校に行かずとも優秀な家庭教師を迎えてもらえた。蓉平は頭脳レベルで言えば同学年の子よりも勉強ができたくらいだった。 「ああ、それからもう一つ」と父が思い出したように言う。 「何?」 「結婚相手の女性も一人息子さんがいるんだ」 「え――?」 「今大学生で、ちょっと年は離れているけど蓉平は弟がほしいって言っていただろう? 夢を叶えてあげられて父さんも嬉しいよ」 (嘘だろ……この歳にして、大学生の弟ができるって? いや、弟がほしいと言ったことはあるけどそれって小学生くらいのときの話だから!) 父の結婚相手からしてみれば、コブ付きどころか引きこもりの30代男性が家にいるだけでも不快だろう。 (それだけでもいたたまれないっていうのに、大学生の弟だなんて……親に寄生してる僕を見てきっと軽蔑するだろうな) 「息子さんはアルファだから、何かあったら守って貰える。父さんも安心だよ」 「え!?」 (しかもアルファなの!? 安心って、逆じゃないか。この年になってまで若者から言い寄られると思うほど自信家じゃないけど、成人したオメガとアルファを同じ家に住ませるか、普通?) 「でも……ヒートのときはどうすれば……」 「それは、シェルターがあるじゃないか。今まで使うことなんて無かったけど、やっぱり造っておくものだな」 父はよかったよかったと言って笑っている。 (信じられない……無神経すぎだよ父さん) 引きこもりのオメガなんて、アルファからバカにされること請け合いだ。今からもうすでにシェルターにこもりたいくらいだよ、と蓉平は思った。 「ねえ、父さん。そういうことなら僕、一人暮らしでもしてみようかな」 「なに?」 「だから、ほら。なんていうか、33歳にもなって実家暮らしの息子がいるっていうのも格好悪いかなぁって。結婚相手の人にも息子さんにも俺みたいのがいるとなんとなく悪いし……」 「だめだ」 「え?」 父の表情を窺うと、思いのほか厳しい目で蓉平を見ていた。 「蓉平、お前を一人にはさせないよ」 「でも――」 「とにかくそれだけは絶対にだめだ。あのことがあってから、父さんが絶対にお前を守ると母さんに誓ったんだからな」 「それは……」 「蓉平が結婚して、父さんじゃなくちゃんと守ってくれる相手が現れるまでは一緒に暮らすんだ。わかったね?」 わかりました、と蓉平は頷くしかなかった。父はそれを見て微笑む。 「さぁ、蓉平に祝ってもらえるとわかったから今夜はワインを開けよう」 「うん」
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