22 噛み跡

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22 噛み跡

 うつくしいお茶を味わう余裕もなく、ふたりは早々に帰宅した。  家へ着くなり、千冬(ちふゆ)から深くあまい口づけが降りてくる。口内に残るジャスミンの香りが(かんば)しく、互いを求めあう甘美なキスに、(りく)も夢中で舌を追った。  夢心地で靴を脱ぎ、玄関ホールに上がると、千冬がコートも脱がずに六を後ろから抱き締めた。 「――六、君を抱きたい」  らしくない切羽詰まった声に、六は堪らない気分になった。  ずっとほどよい距離感を保ってくれていた千冬が、これほどの劣情を秘めていたなんて、想像もしていなかったのだ。そもそも六はベータの男だから、抱かれる側が適当だと思っていない。けれど、愛した相手に求められれば応えてしまう、それが六という人だった。 「……わかった。準備してくるから、待ってて」 「だーめ。今夜は君の全てを見せてもらうからね、観念しなさい」  いつものようにひとりで後孔を慣らすつもりだったのだが、千冬にそんなつもりは微塵もなかったらしい。千冬は六をひょいと担ぎ上げると、迷いなくバスルームに直行した。 「や、やだっ。オレ、ひとりで大丈夫だから……!」  性交の準備を見られるなんて、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。だから六はできる限りの抵抗を試みたのだが、鍛えられた千冬の体躯はびくともしなかった。 「セックスはひとりでするものじゃなくて愛を確かめ合うものだよ。だから僕にも手伝わせて?」  ね? そんな風にかわいらしく言われてしまったら、それ以上何も言えなかった。  ――その後バスルームで耐えがたいほどの羞恥を味わい、やっぱり断固として拒否すればよかった、と六は心から後悔した。  千冬のプライベートルームに入ったのは、今夜が初めてだ。  リビングと同じ北欧調のインテリアで統一された部屋には、上背の高い千冬が寝転がっても十分に余るほど大きなベッドが鎮座している。 (金持ちってのは、みんな大きいベッドが好きなんだな……)  ベッドの端に腰かけ部屋を見渡しながら、六はついひと月前まで住んでいた駅前のタワーマンションを思い出していた。  離婚したことだし、とっとと荷物を取りに行かないと。  そんなことを考えていたら、さっきまで水を飲んでいたはずの千冬に押し倒されてしまった。 「その顔。光輝(みつき)くんのこと、考えてるんでしょう」 「いや、そういうわけじゃ……」  厳密にいえば置いてきた荷物のことで、光輝のことは微塵も考えていなかったが、確かに野暮だったかもしれない。内省した六は、顔の横に突かれた千冬の手に触れた。 「でも、そう思ったんだったらごめん」  じっと目を見て、そのまま千冬の長い指を口元まで運んだ。  いまは千冬しか見えてないと知って欲しい。指を口に含み、水音を立てながら舌を動かせば、千冬は嬉しそうに六の頭を撫でた。 「――もういいよ。ありがとう」  六の口から指を引き抜き、千冬が濡れた指をぺろりと舐めた。  いつも清潔感が服を着ているような千冬が濡れた髪を上げるさまはとても色っぽく、六は千冬の爬虫類のような瞳から目が反らせなかった。その視線に気づいた千冬は艶っぽく笑い、濡れた指で六の小豆色の乳頭を摘まんだ。 「んっ、そこ……」  ひやりとした触感に鳥肌が立つ。これまで一度も触られたことがない場所なのに、すこし刺激を受けただけで、ぷくりと膨れあがった。千冬は六の敏感な反応に気を良くし、赤く薄い舌で厭らしく主張する胸の尖りを舐め始めた。 「……ッ、ん、んん……ぅ」  右側を指でいじめられ、左側を舌技と甘噛みで責められて、どれだけ耐えても声が漏れた。前戯をされた経験のない六の身体はまるで生娘のようで、千冬が何かする度、びくりと身体を揺らしてしまう。  胸元から末端までぞわぞわと快感が伝染し、性器がゆるく勃ち上がった。千冬は目敏くそれに気付き、右手で六の屹立を包み込んだ。 「勃ってるね。……気持ちいい?」 「ば、かっ……訊くな……!」  顔を真っ赤にして抗議する六が愛おしい。  千冬は極上の笑みをうかべ、呼吸を奪うあまいキスをする。そうして油断させたところで、千冬の右手が六の陰茎を扱き出した。 「ひ、ぁ……あ、ああ……! 無理、無理だから、オレッ……!」  目の前がチカチカする。光輝が絶対に触らなかったせいで、六は性交時に射精をしたことがなく、いつも後孔だけで達していた。  この期に及んで陰茎に刺激を与えられて絶頂を迎えられると思っていないから、「無理」と言ったのだが――。 「六のここは綺麗だね。ほとんど触られたことが無いんじゃない? 大丈夫、ちゃんと悦くしてあげるから」  美しい千冬の顔が下半身まで降りてきたと思ったら、勃ち上がった性器を口に含まれてしまった。  躊躇いなく裏筋に舌を這わされ、亀頭の先端をつつかれると、忘れていた雄の快楽が蘇ってきた。アイスキャンデーでも舐めるかのような丁寧な愛撫に、陰嚢の中を血が巡る。そして亀頭冠をもうひと舐めされたところで、悦楽に耐えきれず、六の性器から白濁が放たれた。 (口に出しちゃったよ……)  無理だと思っていたのに、随分あっさり吐精してしまった。  口内に射精されていい気分ではないだろう。そう思った六はけだるげな顔で千冬を見たが、千冬本人に気にした様子はひとかけらもなく、六へ見せつけるように口に含んだものを嚥下した。 「ごめんね、まだ終われないから」  生理的な涙で濡れた六の目元にキスをした千冬は、いつもより低く掠れた声でそう言い、六の身体をうつぶせにした。  膝を曲げて臀部を突き出すような体勢を取らされた六は、否応なしにこの後の行為を意識してしまい、羞恥心を隠すように枕へ顔を埋めてしまった。 「頭隠して……ってやつだね。ここ、触るよ――」  風呂場ですっかり解された六の後孔に、千冬の指が突き立てられた。 「あ、ああっ……ん、んっんっんっ……。や、めてッ……!」  柔らかな後孔に入りこんだ千冬の指が、優しく前立腺をひっかいた。六は過ぎた快楽にいやいやと首を振ったが、口から出るのは喘ぎ声だけだった。 「六の身体は、どこもかしこもかわいいね。ここ、ひくひくしてるよ」 「や、だ、ッ! 見る、なぁ……!」  指が増やされてなお、もっと欲しいと後孔が蠢いていることは、六だって分かっている。だからといって実況されても恥ずかしくない、といったら否だった。 「そろそろ本気で、味わわせてもらおうかな」  背中にキスをされた感覚と同時に指を抜かれ、それだけで軽く達しそうになったが、ぐっと耐えた。  コンドームの袋を破る音が聞こえて間もなく、後孔に熱いものが当てられた。六がは、と息を吐いた瞬間、千冬の硬くて太い陰茎が中を穿った。久しぶりの挿入に、これから来るだろう快楽を期待し下腹部が疼く。  しかし千冬はすぐには動かず、六の身体が千冬の性器に馴染むのを待ってから、律動を開始した。   「あ、あぁっ、ん、あッ……! は、ぁ……ッ」 「……すごい締め付け。良いよ、六」  嬌声が止まらない。それもそのはず、挿入後すぐに六の性感帯を見つけた千冬によって、敏感なそこをしつこく擦り上げられているからだ。  健気に千冬の陰茎を咥え込んだ後孔は欲を絞り出そうと蠕動しており、最奥を突かれる度、軽く痙攣しながら悦んだ。 「……前は触ってもらえなかったのに、ドライオーガズムは教えられたの?」  あまりにも淫靡な六の様子に、すこしだけいじわるな感情が芽生えていた。それは間違いなく光輝への嫉妬。前戯をしなかったという割に、あまりにも六の身体は作り上げられていたのだ。 「んぅっ、言わな、ぃ、で……!」 「――どうして? 気持ち良くなれて、嬉しいね。ほら、六のここ、僕の形になってるよ」  結合部分から腹部をつつ、となぞられ、下腹部にあまい痺れが走る。その愛撫で後孔がより強く締まり、一層千冬の存在を感じてしまった。 「は、ぁ……あ、もう、オレには、千冬さんだけだから……。もっと、覚えさせて……?」 「……っ、そんなこと言って、後で後悔しても知らないからね」  いじらしい台詞に煽られた千冬は、激しい腰使いで六を貪った。あの千冬にこれほどの劣情があるなんて、誰が想像していただろう。六は全身の性感帯を責められ、声が枯れるほど啼かされてしまった。  そしてふたり揃って何度も絶頂を迎え、六が息絶え絶えになったころ――。  千冬が六の身体に覆いかぶさり、言った。 「子供だましかもしれない。だけど、君を僕のものにしたい。……お願い、噛ませて」  千冬が六のうなじを切なげに舐めた。そこは、オメガならば番契約が完了する辺りで、アルファにとって特別な意味を持つ場所。  光輝は決して六に噛み跡を残さなかった。別れてしまった現在、どうしてなのかは解らない。だが、六はそれが嫌で仕方なかった。  なぜなら、咬み跡を残す行為が、アルファの求愛行動だと知っていたから。  だから千冬に懇願され、嬉しかった。これで身も心も千冬のものになれる、と――。 「千冬さん、オレからもお願い。噛んで……」  興奮が最高潮に達した千冬の瞳孔が開き、返事を聞き終わるやいなや、千冬は六のうなじに噛み付いた。 「――――ッ!」   アルファ特有の鋭い歯がうなじに食い込み、雷に打たれたような愉悦が身体中へ広がった。  びくびくと絶頂を迎え、心身が幸福感で満たされていく。  ベータとアルファだから、これで番になれるわけでもない、何の強制力もない性行為の一環だ。  それでも、ふたりにとっては特別な行為。  うなじの噛み跡は、互いを繋ぎとめる愛の指標であり、永遠の契りだった。
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