龍肉のシチュー

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「失礼ですが、シェフを呼んでくださるかしら?」 ここはレストラン「海原(うなばら)亭」。 港町にひっそりと建つ、シェフひとり、スタッフひとりの小さなお店です。 スタッフのニーナを呼び止めたのは、大きな宝石の首飾りを垂らした、いかにもお金持ちのご婦人でした。 「シェフを呼んでまいります。少々お待ちくださいませ」 ニーナはそう答えると、早足で厨房に向かいました。 婦人は厨房から出てきたシェフに向かって、問い詰める口調で言いました。 「この『龍肉のシチュー』とやらを食べたのですけど、これは本当に龍の肉なのですか?」 何でもないことのように、シェフは答えました。 「はい。これは間違いなく龍の肉でございます」 婦人はいらいらした様子で、シェフに言い続けます。 「とてもそうは思えないほど、お粗末な味でしたけど。肉はパサパサだし、変な匂いはするし。ああ、なんてこと。龍の肉が食べられると聞いて、半日かけて来ましたのに」 「それは、大変申し訳ございません。ですがこれは間違いなく龍の肉です」 「あなた、龍肉の文献を読んだことはおあり?『身は白銀に輝き、香り高く、一口食べれば体中に生気がみなぎる』。この料理には何一つ当てはまりませんわ」 シェフは困ったように笑っていました。 「はい、存じております。ですがこれは、間違いなく龍の肉なのです」 婦人はうんざりした様子でした。 「…もう結構。お会計を」 婦人はさっさとお金を払うと、怒りを隠さない足どりで店を出て行ってしまいました。 聞き耳をたてていた他のお客さんが、ひそひそと話し始めます。 「おい聞いたか。ここのシェフは、どうしてもあのシチューを龍肉と言い張るつもりらしい」 「俺も食べてみたんだがよ、腐ってるかと思ったぜ。とても伝説の食材とは思えねえ」 まただ。 これで何回めだろう、とニーナはため息をつきました。 旅行と言ってしばらく店を空けていたシェフが、急に帰ってきたのはつい最近のことです。 戻るなり興奮した様子で、シェフは新メニューを始めようと言いました。 メニューの名前は「龍肉のシチュー」。 ニーナはびっくりしてしまいました。 龍は何十年かに一度、目撃情報があるだけの伝説の生きものだからです。 たいそう美味である、と古い文献に残っているらしいのですが、実際に食べたなんて話は聞いたことがありません。 もし食べられるとしても、龍を食べるなんて罰当たりだと思う人もいるでしょう。 しかもその肉がまずいとなれば、お客さんが文句の一つでも言いたくなる気持ちは、ニーナにもよくわかりました。 一度、ニーナもシェフに尋ねてみたことがあります。 お客さんみんなが疑ってるみたいですが、これは本当に龍の肉なのですか?と。 シェフはいつも通り、困ったように笑うだけでした。 「苦労かけてごめんね。でも、これは間違いなく龍の肉だよ」
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