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シェフは帽子を取り、老人に向かって深く礼をしました。
「お待ちしておりました。ロイさん」
ロイおじいさんは空になった皿に目を落としたまま、尋ねました。
「まだ、屠竜隊は、存在してんのか」
聞き慣れない言葉でした。
シェフはいつも通り、何でもないことのように答えます。
「はい。旅先で遭難した際に、命を救っていただきました。この町で料理を出していると話したら、皆ロイさんのことを思い出したようです」
「この龍肉は、どうやって手に入れた」
「はい。出産を終えた雌が一頭揚がったからと、ギルス隊長より預かったものです。ぜひロイに食わしてやってほしいと、隊の皆より仰せつかっています」
「ああ…」
ロイおじいさんは顔を両手で覆ってしまいました。
ニーナを含め、居合わせた客はみな声もなく固まっていました。
おとぎ話のような2人の会話に、呆然としていたのです。
顔を上げたロイおじいさんは、心なしか嬉しそうでした。
「そうか。ギルスの小僧が、余計なことしやがって」
「隊長は特に心配していましたよ。何度も手紙出してるのに反応が無いから、ついにくたばったんじゃないかって」
「ふん、まったく暇な連中だの。おかげで望みどおり成仏できるってもんだ」
その後しばらく会話を交わしていた2人ですが、しだいにロイおじいさんの表情が和らいでいくのがわかりました。
帰り際になると、ロイおじいさんは憑き物が落ちたようにすっきりした表情を浮かべていました。
「いろいろ迷惑かけたな。嫌なこともたくさん言われたろう」
シェフは真面目な顔で首を振りました。
「いえ、伝説の食材を料理できると思ったら、何も気になりませんでした」
笑みを浮かべたロイおじいさんはすっと背筋を伸ばし、シェフとニーナに向かって敬礼をしました。
「ありがとう。まさかもう一度龍を食べられるとは思わなかった」
なんて穏やかな笑顔だろう、とニーナは思いました。
「冥土のみやげ話にさせてもらうぜ。じゃあな」
足を引きずり、ゆっくりとロイおじいさんは雑踏の中に消えていきました。
その後も、しばらく店内は不思議な空気に包まれていました。
ニーナは思い出しました。
ロイおじいさんのおとぎ話。
その話の山場は、決まってあるシーンでした。
――龍を討ったはいいものの、断崖絶壁にァ俺ひとり。
引くも返すも大嵐で、身動き一つ取れねえ状況さ。
当然飯も水もありゃあしねえ。
ああ俺ァここで死ぬのかと、お天道様に恨み節でも述べてやると思った時だ。
目の前のでっけえ肉塊が、ふと目に留まったのさ。
そう、たった今トドメを刺したばかりの巨龍だ。
絶命しているはずが、翡翠みてえな目がぎょろりと動き、俺を睨みつけやがった。
何かを俺に伝えようとしてる。
その時、聞こえねえはずの声が聞こえた。
『...我を倒したのだから、ここで死ぬのは断じて許さん。生き延びよ』
勝手な解釈もいいとこだが、俺ァ確かにそう感じたんだ。
おかげで肚が決まったのさ。
さて、俺はその後どうしたと思う。
おう、わからねぇか。
そうさ、俺は龍を食って生き延びたんだ――
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