きもちのいいゆめ

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「……あれっ?」  将吾が僕の顔を見上げて言った。 「なんだよ、起きるなり」 「いや、ええっと……あれ、夢か」  言いながら僕を押しのけるようにして起き上がり、大きく伸びをする。 「夢? なんだよ、昔の女の夢でも」 「あ? バカ言うな」  さっきと逆に僕を上から覗き込み、軽くキスをする。 「じゃあなんだよ」 「あ、うん。なんていうか……動物、なんだよ」 「動物? 犬かなんか?」 「それが、わからねーんだよなあ」  ベッドから降りて全裸のまま洋服ダンスへと向かう将吾の引き締まった臀部をぼんやり眺めながら、僕は質問を重ねた。 「わからない? でも動物だってことはわかるわけ?」 「うん……いや、でも、そっか。正確なとこは、今ひとつ」 「どういうことだよ」 「そう聞かれても……シチュエーションは全然思い出せねえんだけどさ。ただ、朧げに……今と違う街で、今と違う部屋にいて、俺は一人だった、ような」 「で? 動物ってのは?」 「うん、はっきり覚えてるのは、それをぎゅうっと抱きしめてたってことだけなんだよな」 「なんだかわからない、動物みたいなものを?」 「そう。ただ、もふもふしてて、あったかくって、柔らかいけど、ぎゅっと力をこめると適度な弾力が返ってきて……」  シャツの前を閉めないまま、将吾はその感覚を反芻するように、遠い目をしながら腕を動かす。 「なんだろ。欲求不満かな」 「いや、確かにけむくじゃらなものは性器の象徴、っていうけど」  僕のツッコミに我にかえったように、将吾は服を着るのを再開した。 「ていうか、気持ちよかったんでしょ?」 「気持ちいいっていっても、そういうわけじゃ……でもまあ確かに、離したくない、ずっとこのままでいたいって思ってはいたな」 「ずるい。僕にそんなふうに言ってくれたことない」 「……なんだよ、欲求不満なの、お前なんじゃねえの」 「そんなことないけどさ」  僕はちょっと拗ねたような声を出しながら、ようやく身を起こす。 「夢の中でも……僕以外のやつと気持ちよくなってんの、ちょっと妬ける」 「おいおい、なんだよ」  将吾は苦笑混じりに言いながらこちらに近寄ってきて、ベッドから降りかけた僕をぎゅっと抱きしめる。僕はその肩に手を回し、吐息を漏らす。 「ね、しよ」 「だめ。会社遅れちまう」  そう言って一瞬さらに強く腕に力を込めてから、ふっとその力を抜いて体を引き離し、見つめ合ってから、軽いキス。 「どっちがきもちいい? 僕と、それと」 「そんなん比べられるか。現実の人と、夢の中の動物だぞ」  将吾は視線を僅かにねば着かせながら、しかし躊躇いなく僕の元を離れ、用意しかけた衣服の元へ向かう。その足が不意に止まった。そして背中越しに、 「あー、でも、なんだろな、ちょっと似てたわ。お前を抱きしめた感じ。あの、夢と」 「離したくなかった?」 「……言わせんな、バカ」  振り向かないまま、そそくさと服を着る。  その後ろ姿を見つめながら、僕はそっと、安堵のため息をもらした。  どうやら成功だ。将吾はあれを夢だと疑ってもいない。  本当は、こちらの方が夢で、夢の中で見たと思っている動物こそが、僕の本体なのに。  人にとって抱きしめずにいられない身体と、強く圧迫されることで分泌される催眠物質。皮膚感覚を通して精神の交換を行う、特殊な微細動。それらによって、人を、潜在意識の欲望を具現させた夢の中に捉え、少しずつ、体を取り込んで自分の栄養にする、それが僕ら一族の生きるすべ。  他星の知的生命体の中には、僕らの身体にむしろ嫌悪を感じるものや、催眠物質に反応しないものなどもいるのだが、この星の「人類」という種族と僕らは、とても相性がいい。 「じゃあ、行ってくるぞ。お前も適当なとこで起きろよ」  将吾がいい、僕は微笑む。 「うん、わかってる。いってらっしゃい」  僕に捉えられた体を感じながら、僕は将吾の意識を送り出す。  
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