女王の戴冠

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「ヘリオス、はやくはやくう!」  六歳のちいさな私は、小柄な身体で一生懸命草原を走って、時折振り返り、大きく手を振る。 「お待ちください、フェル姫様。そんなにはしゃいでいては転びますよ」  春に騎士従者になった(ここの)つ年上の乳兄弟は、困り顔をしながらも、口元は笑みをかたどって、私を追いかけてきた。 「おとうさまとおかあさまに内緒で、シロツメクサの花冠をさしあげて、びっくりさせたいの。一緒にお花を摘んでちょうだい!」  彼が追いつけそうな速度で駆ける私の足が、何か柔らかいものを踏みつける。草花のかたまりだと思って立ち止まり、きょとんと目をみはる私の耳に。 「姫様!!」  ヘリオスの焦り切った声が突き刺さり、どん、と横様に押された。  臣下が王族に何たる無礼を。なんて、幼い私にはわからなかったし、尻餅をついた私の視界に入った光景に意識を奪われて、完全に硬直してしまった。  彼の足に噛みつく蛇。いかにも毒を持っていそうなまだらの体に突き立てられた剣。苦悶の表情を浮かべながら蛇の命を絶ったヘリオスは、どっと汗をかきながらも私を振り返り、ゆるく笑む。 「姫様、ご無事で」  よかった。  くちびるの動きだけでそう告げて、彼はその場に崩れ落ちた。
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