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「そ、そう楽しくて良かったわね」
「ハイッ!! あ、でもちょっとだけ残念なことがあって・・・」
急に綺麗な顔の眉を寄せる麗奈。
「何かあったの〜?」
受付カウンターの裏でしゃがんだまま、グロスを口紅の上に重ね塗りしていた田淵がコンパクトから顔を上げる。
「どうしたのよ? 変な顔してさ」
「祐一さんが、経理課じゃなくなったんです」
首を傾げながら考える田淵。
「へー。3月半ばで移動って珍しいわね。普通は4月に入ってからよこの会社。まあ、行き先次第だけどさ、どこよ移動先は?」
「専属秘書室だそうです。あんまり会えなくなるかも・・・」
「本当か? 栄転じゃん・・・」
思わず手にしていたコンパクトを落として、カラーン! と音をさせてしまい焦る田淵を余所に、悲しそうな麗奈は、
「定時に帰れなくなったら一緒に歩いて帰れなくなっちゃいます・・・」
しょぼ〜ん、とする。
祐一の栄転なんぞより、彼と一緒に歩いて帰る楽しみを社長と会長に奪われたのが悔しい麗奈なのであった。
まあ、社長、会長と言っても、自分の父や祖父なんだが・・・
「まあまあ、麗奈ちゃん。神谷課長の給料もグッと上がるしさ、幹部に気に入られたらそれだけ査定だって良くなるしさ〜。専属秘書なんて、なりたくてもなれない花形役職なのよ〜。婚約者が社長秘書なんてカッコいいじゃん!」
「え〜。裕一さんはそのままでカッコいいから、花形職なんか要らないです〜」
この子はこの子で、祐一愛が重いのね、と麗奈を見ながら更に苦笑いをする田淵。
まあ、そもそも彼女の場合は父と祖父に、長時間祐一を占有されるのが嫌なだけなのかも知れないのだが・・・
田淵はその事実は知らないので、しょうがない。
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