プロローグ

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プロローグ

「ありがとうございました!」 『わくわくまーと』特有の電子音がリズムを刻んで客が店を出たのを確認すると、俺は息を吐いて時計を見た。  時間はもうすぐ23時になろうとしていた。廃棄商品(はいきしょうひん)の確認も終え、搬入した商品の陳列もすませたし、おおかた落ち着いたな。  都会とは違って、この島じゃ夜中にコンビニに来る客はそう多くない。  あとは、床掃除と陳列の整頓(せいとん)くらいか。  店長と一緒じゃなくても、横林さんと同じシフトにして貰って、だいたい仕事の流れも掴んできたし、自分のペースも分かってきたな。もう俺も時間差で出勤して、大丈夫そうだ。  昼間のシフトは、年寄りや子連れが多くて忙しいらしいが、深夜帯は比較的落ち着いて人もまばらだし楽だ。  昼間の時間を、就活にあてることができるのが強みだよな。  早いとこ本州の方で就職先を決めて、彼女を安心させたい。 「神崎、俺トイレ掃除してくるからレジ頼むわ」 「あ、はい。わかりましたー」  横林さんが気怠そうに言うと、俺は返事をして店内を見渡す。さっきのほろ酔い客を最後に客足は途絶えた。俺は欠伸(あくび)をすると『わくわくまーと』の有線を聞きながら、商品の整頓(せいとん)をする。  すると、暗闇から車のヘッドライトが見え重低音の音楽が遠くから鳴り響いてきた。 「まーたあいつらか」  いわゆる、田舎のマイルドヤンキー達だ。  黒いミニバンに、ガンガン音楽を流している。島じゃ、遊ぶところも限られているので、車で海まで行ったりしてるのだろう。  つまらないだろうに、みょうに地元愛が深い。この島に来た時は驚いたけど、結構どこにでもいるやつらみたいだ。 「いや、マジ洒落になんねー!! もうぜってぇー、心霊スポットいかねぇぞ、マジで」 「ギャハハ、マジでこいつビビってたな」 「心愛(ここあ)も、ほんと怖いの無理やから。もう行かんからね。ねぇ、水と塩の他に何かいるー?」 「腹減ったから、なんか買って帰るべ。(しょう)の部屋でだべろ」 「もう今日、ぜったい眠れないし、やだー!」  男三人、女二人のいつものメンバーだ。  金髪に剃り込みを入れて日焼けしまくった腕にタトゥーが彫ってある。正直あんまり関わりたくないタイプだ。  とはいえ、こいつらはおかまいなしに俺に話しかけてくる。 「ねぇねぇ、うちらさ、さっき心霊スポット行ってきたんだけどこの辺にあるの知ってた?」 「え? この辺に心霊スポットあるんですか」 「あー、アキちゃん、こいつこの島の出身じゃねぇから知らねーと思う。ここの近くに沼があるんだけど、そこマジやべぇよ。翔がおっさんとかJKの霊みたらしい。んで、車に手の跡ついてたんよ」 「ええ、マジっすか。めっちゃやばいっすね」  俺はハイテンションのヤンキーと、本当に顔が真っ青になっている強面のヤンキーを交互に見た。女の子は、明るい場所に来て心無しか安心しているように見える。  ヤンキーの話を要約すると、この近くにある沼……どうやら車で入れる反対側の場所までわざわざ大回りしたらしいが。  で、その心霊スポットを探索して、沼で浮かぶ霊を見た。それで、ビビって帰ろうと思って車に戻ったら、手の跡がびっしりついてたということらしい。  なんかよくある怪談話だよなぁ。  俺は内心、馬鹿らしいと思いながら、嫌なことを思い出さないようにして会計を済ませた。  マイルドヤンキーを見送ると、一気に静かになる。横林さんはまだ、掃除中なのか出てくる気配はない。  カウンターで、暇を持て余すように備品を整えていると、目の端に何か見えた気がして視線を向けた。 「あれ? 横林さん休憩か? さっき終わったばっかりなのにさほりか?」  バックヤードを横切る影が見えたような気がして、俺は扉を開けると覗いてみた。  飲料水や菓子の在庫が置いてあり、狭いバックヤードの中で、パソコンの明かりだけがついていた。俺の予想に反して座って休憩する横林さんの姿は無い。 「気のせいか……。あんな話を聞いたからかな。いやいや、怖すぎるでしょ」  あんな嘘くさいテンプレの全開の恐怖体験、意識する必要はない。そんな世界に俺はもう、関わりたくないんだから。  カウンターに戻ると、有線の調子が悪いのかブツブツと音が途切れ、しまいには無音になる。  タイミングが良すぎるが、電波の関係かなと思っていると、コンビニの入り口付近で釣り道具を持った、中年男性が立っているのが見えた。  バス釣りができる場所があるし、釣りスポットも多いので、そんなことは驚きもしない。  気持ち悪いのは、そいつが店に入ってこないで、ゆらゆらと揺れながらこちらをじっと見ている事だ。 「なんだよ、なんで入ってこねぇのあいつ」  俺は鳥肌が立つのを感じて、釣り人を凝視する。顔はよく見えないが、濡れているようでもしかすると、雨に濡れてしまって入ることをためらっているのかもしれない。  しかし、いつ雨が降ってたんだろう。  俺は一応警戒しつつも、立ち尽くす釣り人の元へと向かった。  自動ドアがパッと開いた瞬間、さっきまで居たはずの釣り人の姿はどこにも無く俺は混乱する。 「え?」  左右を見ると、ちょうど店の裏側へ回っていく後ろ姿が見えた。そこはコンテナの物置と裏口の扉があるだけで特に何もないはずだ。  何もないが、万が一裏口にある従業員用の自転車に目を付けて、盗難されても困る。  その先は藪に隠れた小道がずっと続いているが、街灯もないし土地勘の無い俺にはそこに何があるのかまったく分からない。  わくわくまーとの道路を挟むとバス停にがあるが、こっちは正反対だし、この先は地元民だけが使ってるポピュラーな裏道なのかな。  いや、それなら俺も気づきそうだけど……。  俺は立ち止まった男に意を決して話しかけた。 「お客様、どうされましたか?」  俺に背を向けたまま、立ち尽くす釣り人の後ろ姿は、なぜか懐かしい感じがして首を捻った。  コンビニの明かりで浮かび上がったその姿はまるで現実味が無く色が薄い。  それと対象的に、男の目の前の藪や小道が真っ黒に塗りつぶされて蠢いている。  その闇から、腐った水草のようなものに絡みつかれた生気の無い子供、女子高生、白骨化した者などが、ユラユラと揺れて俺を無表情で見ていた。  あまりの光景に声も出せず硬直していると、ゆっくり男は振り返った。  ――――真っ赤な三つ目。  ――――真っ暗な闇に覆われた顔が徐々に色をを取り戻し、見覚えのある生気の無い人間の顔に変わると俺は呻いた。  ――――まさか、なんで。なんで、なんで……なんで。   『――――逃げても、無駄なんだ……無駄だったんだよ……綾人くん……』     ✤✤✤ 「おい、神崎? おい! なんだよあいつ……どこ行ったんだよ。今日の発注せずもやらずに帰ったのか? はぁ……、真面目そうだったのにまさか飛んだか?」  メッセージは既読にならない。  新人が飛ぶのはどの職場でもある事だが、島の環境が合わなかったのか?   でも、さっき客が来た気配はあったし、拉致られてたら洒落にならねぇよな。いやいやレジの金は大丈夫だったし、考えすぎか。  俺はとりあえず神崎に電話をかけてみた。  これで連絡取れなかったら店長に電話するか。  着信音はロッカーの中で鳴り響き、俺は顔を上げた。
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