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猫はいい。
ふわっとして、にゃあと鳴いて、愛らしくて温かい。
ちょっとそっけないところもあるが、そこがまたいい。
「ルー。どこにいった、ルー?」
「どうされました? ヘラルド王子」
愛猫を探していたら、宰相が話しかけてきた。
「いや、ルーがいなくなってな」
「お探しいたしましょうか」
「いい、宰相は仕事があるだろ。俺は今日、予定はないからな。散歩がてらゆっくり探す」
「騎士をお連れになりますか?」
「王宮内をうろついているだけだろう。いらないさ」
俺は断りを入れ、また一人で探し始めた。
今日は久々の休日だ。
まぁ第四王子だから、兄たちと違って気楽なもんだが。
そんな俺も、十八になって周りが騒がしくなってきた。上にいる三人の兄たちは、すでに結婚していたり婚約者がいるが、決まっていないのは俺だけだ。
王位継承権第一位である第一王子の兄には、好きにしろと言われている。有力貴族の娘をもらうと派閥が変わって面倒くさいことになったりするから、そういうのとは関係のない女と結婚しろ、という意訳であると俺は思っている。
それもまた見つけるのは大変な話だが。
「にゃあ」
どこからか声がしたかと思ったら、廊下の向こう側を毛足の長い白い猫が走り抜けているのが見えた。
「待て、ルー!」
見た目はふんわりしているくせに、こいつがかなりすばしっこい。
王宮で猫を飼うなどもってのほかだと言われたのを、無理を言って飼わせてもらっている。だからあまり好き勝手されると、どこかに預けさせられるかもしれない。
俺はルーを追いかけ、廊下を曲がったその瞬間。
「ひゃあ!?」
ドシンと誰かにぶつかった。
メイド服を着たその子は尻餅をついて「いたぁ」と呟いた。
「すまない、大丈夫か」
「ふぁ?! 王子様?! し、し、し、失礼を……!!」
「いや、今のは俺が悪い。顔を上げてくれ」
そういうと、その子はおずおずと顔を上げた。
その白金色の髪に、右目はエメラルドで左目はブルーサファイアの色をしたオッドアイ。
ルーに勝るとも劣らない美猫、いや、美人だ。
「言い値で君を買いたい」
「は、はい?」
しまった、思わず本心が漏れてしまっていた。
「ごほん。いや、失敬。お手をどうぞ、お嬢さん」
「ひゃあ、そんな、自分で立てますから!」
そう言って彼女は本当に自分で立ってしまった。
この出した手をどうすればいいのだと、他の男なら思うところだろう。
ところがどっこい、俺はルーの相手でこういうことには慣れている。
俺は両手を使って彼女の頭を掴むと、わしゃわしゃと撫でてやった。
「はわわわ、王子様?!」
「なんという素晴らしい毛並みだ。いくら撫でても飽きがこない」
しかし彼女は俺の両手からするりと抜けて行く。うーん、それもまた、いい。
「あの、本当に申し訳ございませんでしたぁあ!!」
「待て、君の名前は……!!」
手をつかもうとしたが、その子はするりと抜けて飛ぶように走り抜けて行く。なんという素早さ、なんという身のこなし!
「…………俺の猫!!」
その瞬間、俺の心はあの猫ちゃんに射抜かれてしまっていた。
俺はメイド長を呼び出し、白金色の髪にオッドアイの目をした彼女のことを聞き出した。
彼女の名前はモナというらしい。出生はこの国の下町で、メイド見習いで王宮に入ったばかりの新人、十七歳。警戒心が強く、なかなか周りにも馴染めないでいるということがわかった。
甘いお菓子が好きなようで、休憩時間にクッキーが出た時には姿を現すようだ。好きな飲み物はホットミルク、趣味は狩り。……狩り?
詳しく聞くと、彼女は弓矢の名手の孫で、よく祖父について回っていたらしい。なんという素晴らしい趣味だろうか。
俺はいそいそとさまざまな準備をすると、部屋にモナを呼びつけた。
「し、失礼いたします……」
ガチガチに警戒したモナが、俺の部屋へと入ってくる。
「まあ気楽にしてくれ、モナ」
「……なんの御用でしょうか」
物陰に隠れてシャーーッとでも言いそうな彼女は、とても可愛らしい。
「こっちにきて、そこに座るといい」
「いえ、遠慮しておきます」
警戒心の強い猫のように、モナは俺の様子を伺っている。
知っているか、モナよ。世の中には餌付けという言葉があることを。
「マカロン、マドレーヌ、エクレア、カスタードプディング、モンブランにガトーショコラ、モナはどれが好きかな?」
ピンッと耳を立てるようにして、モナはオッドアイをテーブルに向けた。
「ど、どれも食べたことありませんが……っ」
「ふむ、そうか。好きに食べていいぞ。俺は本を読んでいるからな」
「……え?」
そう言って俺は本を読んでモナの方を見ないようにした。こういう時に構いすぎては逃げられるというものだ。
本で顔を隠しながらそっと伺うと、モナはキョロキョロと用心深く部屋を観察している。
俺が帰ってもいいというまでは部屋を出られるわけもないので、どうしていいかわからないようだ。
しかし俺が真剣に本を読んでいるふりをしているのを見て安心したのか、そろりそろりとモナはこちらに歩いてきた。
そしてマドレーヌをひとつ取ると、ぴゅんっと部屋のすみへ飛んでいってむしゃむしゃ食べている。
「お、おいしい……」
そんな声が聞こえてきて、俺の顔は笑みをこぼしそうになったがなんとか無表情を貫く。
モナはそれを二、三度繰り返し、俺が何も言わないのを確認すると、ようやく椅子に座ってむしゃむしゃと片っ端から食べ始めた。その食べっぷりがまた素晴らしい。
「喉が渇いただろう」
用意しておいたホットミルクを出してやると、モナは逃げもせずにほわぁっと俺を見上げている。たまらず撫でまくりたい衝動に駆られるが、ここで手を出しては全てが水の泡だ。
「ありがとうございますぅ」
まるでゴロニャンとでもいうように、モナは幸せそうにホットミルクをこくこく飲み始めた。
やばい、かわいい、飼いたい。俺のものにしたい。
「あの、王子様、食べきれないので残りをもらってもよろしいですか?」
「ああ、構わんが、どうするんだ?」
「近所の子にあげたいんです。こんなおいしいの、食べたことないと思うので」
いい子だ。この子はいい子だ!
まるで親猫が子猫に食べ物を与えるような、純粋な愛じゃないか。
俺の胸はきゅんきゅんして止まらない。
「えっと、王子様?」
「ヘラルドと呼んでくれ」
「ヘラルド様……どうして私にこんな……?」
すっかり警戒心を解いてくれたモナは、首をくいっと傾げている。くう、なんというかわいらしさ。
「モナよ、俺はお前を飼いたい」
「ふえ?」
「間違えた。お前を嫁に貰いたい」
「そ、そっちの方が言い間違えてませんか?!」
「言い間違えてなどいない」
そういうと、また警戒心を上げてしまったのか、モナはカーテンの中へピュンと隠れてしまった。
「俺の嫁になってくれ、モナ」
「そんなこと、急に言われても無理ですー!」
「王族相手に拒否を示すとは、さすがは俺の猫!」
「私人間ですけどー!? っていうか、拒否はまずいんですか? 不敬罪ですか!?」
「いいや、構わない。そんなモナが俺はたまらなく愛おしい。嫌なことがあるなら、思いっきり引っ掻いてくれたっていいんだ!!」
「それはよくない気が……」
モナはそう言いながら、ぴょこんとカーテンから顔だけを出してくれる。
「ど、どうして私なんですか? ヘラルド様なら、他にたくさんよい方が……」
「モナの一挙手一投足が私の好みなのだ。その容姿も申し分ない。全てが愛らしい!」
「ヘラルド様……私、そんなこと言われたの、初めてです……いつも変なやつって言われてて……」
ふにゃあ、と鳴き声……もとい泣き声を上げたモナを、俺は抱きしめてやる。
愛情は、かけてやらねば返ってはこない。だから俺は、惜しみない愛をモナに捧げよう。
「モナの個性は素晴らしいものだ。変える必要などない。俺がモナの全てを愛してやる」
「ヘラルドさまぁ……!」
俺はそれからもずっとずっとモナを愛し続けた。
モナも俺には心を溶かし、すっかり気をゆるすようになってくれた。
俺の膝の上でごろごろするモナは、世界一かわいい。
同じように猫のルーを膝に乗せて撫でてやっていると、「私とルー、どっちが大事なんですか」とやきもちを焼いてくれる。
俺がもちろんモナだと答えると、彼女はえへへと笑って擦り寄ってくるのがたまらない。
「そろそろ結婚しよう、モナ」
「それは無理です」
ここでスルリと逃げるのはさすがだ。それでこそ、俺のモナだ。
しかし俺の愛猫精神を舐めるなよ?
「俺は結婚すれば公爵となるが、領地は最果ての山奥だ。存分に狩りができるぞ」
「え、狩り?!」
「もしも俺と結婚するなら、ファレンテイン貴族共和国からウェルスオリジナルという特注の矢を仕入れてやろう」
「ウェルスオリジナルを?! はい、結婚します!!」
こうして俺たちは結婚し、山奥の屋敷に引っ越した。
妻になったモナは、毎日楽しそうに狩りをしに行き、家では美味しそうに甘いものを食べる。
俺は右手にモナ、左手にルーと、幸せを満喫している。
「ヘラルド様ぁ、ノラ猫を拾ってきました!」
山に行っていたモナが、大きな猫を抱えて戻ってきた。
「ノラ猫じゃない、これは山猫! ナイスだモナ、この子もうちの家族に加えよう!」
「でも、気性が激しくって懐きそうにないですよ」
「任せてくれ、俺はそういう扱いには慣れている」
俺がニヤリと笑うと、モナは唇を尖らせて。
「私のことも、忘れないでくださいね……?」
そう言うものだから、俺は愛しの妻を抱き寄せた。
「もちろん。一番大切な家族だ」
擦り寄る妻に口付ける。モナはごろごろと俺に甘えてきて、その温かさに俺もいつまでも抱きしめていたくなる。
「あの、ヘラルド様……?」
「どうした?」
「猫の家族もいいんですけど、そろそろ私たちにも本当の家族が欲しいです……ね?」
オッドアイの瞳で、そう訴えられた俺の理性は吹き飛んで。
俺たちは、猫意外の家族を増やすことに決めたのだった。
ー完ー
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