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1ROUND!!
ある日、突然だった。
「お義兄ちゃん、春から東京の大学へ行くことになったから」
いつも通り家族四人分の夕食を作っていた母から、桃緯はまるで「今夜の夕食はカレーに決めたわよ」と言わんばかりの軽い告白を受ける。
「……え? 桜雅も俺と一緒の大学じゃなかったのかよ?」
結局、「久我原」桃緯となってから十二年間、義「兄」となった桜雅のことを一度も「兄」と呼べないまま今日まできていた。
出逢った頃は意地だったが、今は別の意味で「兄」と呼べなくなっている。
きっとこれからも、ずっと──だ。
「本当はそのつもりだったんだけどねえ。お義兄ちゃん、すごく頭いいでしょ? お義父さんと相談して、せっかく東京の有名合格したならもったいないね、ってことになって」
ちょうど、ご飯が炊きあがった機械音がした。両親が再婚する前からの習慣で、桃緯は条件反射のようにキッチンの炊飯器が置いてある棚まで向かう。仕事で遅くなる義父の分を残し、無表情で、三人分のご飯を順に慣れた手つきで茶碗へよそっていく。
なにも桜雅から聞いてないけど。
自分だけが疎外されていたことに、少しだけモヤッとする。
少し前から、桜雅は隣り街でアパレルのバイトを始めていた。それだって、桃緯は知らされていなかったのである。
同じ高校で、同じ受験生だったというのに、なんとかギリギリ二次試験で地元の公立大学へ滑り込み合格した桃緯と、万年学年上位成績優秀者の桜雅とでは、脳の作りが違うのは小さい頃からわかっていた。
だからといって、桃緯の受験勉強のモチベーションを下げるだけだからと隠すことはなかったと思う。
久我原の義父自体がエリートだから、本家本元「久我原」の血を引く者が賢いことくらいは予想できる。
でも、つい最近だって、桜雅は春からもずっと一緒だなって。なにがそんなにも嬉しいんだろうかと思うほど、満面の笑みをみせていたのは、すべて嘘だったのだろうか。
それとも、デキの悪い義弟に遠慮して嘘をついてしまったのだろうか。
どちらにせよ、モヤモヤとした感情が桃緯の胸に拡がっていく。
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