469人が本棚に入れています
本棚に追加
相手は義兄だぞ。
耳許で話しかけられたくらいで、なぜぞくぞくしているんだ。
おかしいだろう。
顔を伏せたまま、桃緯は「早く部屋へ帰ってくれ」と強く念じ、とにかく無言を貫いた。
諦めて、そのうち桜雅は部屋を出て行くに違いない。予想していた瞬間、桃緯の頭を大きな手がふわりと撫でる。
……え?
思わず桃緯は顔を上げ、二人の視線が合致した。
「あ、やっと目が合ったね」
ふわりと桜雅が笑う。
誰もが、視線を奪われる神々しいイケメンの笑みだ。
「今日、俺たちまだ一度も会話してないだろう?」
甘く痺れる低い声で続けた。
母さんにも、同級生の女の子にも、桜雅はこんな声でいつも話さない。
きまって二人きりになると、桜雅はとびきり甘い声色で話しはじめる。
これに気がついたのは、一体いつの頃からだっただろうか。
俺たちが出逢った時から?
そんな前から?
否、なかなか懐かない俺に桜雅が業を煮やすようになってから?
それとも──?
無意識に、じっと桜雅の目をみつめていた。
「もし、なにか嫌なことがあったんだったら俺に話してみてよ」
大きな図体を折り曲げ、桜雅は小さな身体の桃緯へ視線を合わせようとしたところで、桃緯ははっと顔を背ける。
「……もしかして、桃緯はまた出逢った頃のように反抗期?」
悪気のない言い方だったが、桜雅のその言葉は確実に桃緯のプライドを逆撫でした。
「はあ?」
感情に任せてつい口から出てしまった言葉とほぼ同時に、上体を起こしていた桃緯はぎゅうと桜雅から強く上から抱き締められる。
「ごめん」
桜雅が謝った。桃緯の胸中を覗き見たわけでもない桜雅が、それこそなにを意図して謝罪したのかさっぱりわからない。
それとも、いよいよここで大学進学のことをカミングアウトするつもりなのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!