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「ごめんね、桃緯」
もう一度桜雅は謝ると、不意に桃緯の身体が宙に浮いた。
「うわ! なんだよ!」
体格差がある桜雅に軽々と持ち上げられ、あっという間に今度は背後から抱き締められてしまう。
「だから、ごめんって言ったじゃない」
言葉だけは謝罪しているが、どこも悪いと思っていない口調で、桜雅は体育座りをしていた長い脚の間にがっちりと桃緯を囲った。それから桃緯の脇の下へ両腕を差し入れると、逃げないようにと全身で力強くホールドする。
わ……!
俺たち、密着しすぎだろう?
義兄弟なのに、なんだ……コレ?
桜雅のワイシャツから、体臭と爽やかな柔軟剤の混じった落ち着く香りが、ふわりと桃緯の鼻腔をかすめた。
ドキドキと鼓動が徐々に速くなっていく。
「だからって、この態勢はないだろ!」
恋人同士かよ。と、言ってやりたかったが、口に出すとなぜだか酷くドキドキしそうだったので、桃緯の胸の中だけで留めておく。
「そうかな? 俺は昔から、スキンシップは義兄弟の仲を深める大事なスキルだと思っているけど」
まるで檻の中で暴れている猛獣をあやすように、桜雅は反抗の視線を向ける桃緯の髪を左手で何度も優しく梳いた。
義兄弟になった頃、桜雅が敵意を丸出しにしていた桃緯を、何度も強引に抱き締めていたことを不意に思い出す。
今思えば、昔テレビで観た某動物王国のおじいさんと動物が、信頼関係を築いていく手順に似ている。
つまり、桜雅にとって桃緯は出逢った頃から手負いの虎だったということなのだろうか。
「なんだ俺、桜雅にとって信頼されてるどころか、ずっと小さい頃から猛獣扱いだったんじゃん……」
なすがままの桃緯は、桜雅に聴こえないように、力なくぼそっと呟いた。
だからずっと、桜雅は転校までして桃緯の傍にいて、面倒をみてくれて。ようやく桃緯が一人前になれそうだから、自分は義兄としてのお目付け役を卒業し、本来すすむべきだった道へ戻るつもりなのかもしれない。
そもそも、最初から同じ大学に一緒に行こうなんて、桜雅と約束したことはなかった。
ただなんとなく桃緯が一方的に、桜雅とはこれからもずっと同じ道を歩むのかなと勘違いしていただけなのである。
途端、先ほどまで酷くドキドキやイライラしていた自分が恥ずかしくなってしまう。
ああ、バカみたいだ。
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