Tale of the rabbit & the turtle

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「雨を呼べ!誰か!」 真っ紅の頭髪ふり乱し、カラス頭の巨漢が叫ぶ。盛り上がった腕の筋肉に刺青がうねり、踊り。 「……んな無茶な」 ♢ ここは日の本の国。 四国地方のとある村。住民は皆、愉快な動物の被り物を身につけている。髪染め、刺青施し、魔除けのまじないに動物のなりをしているのだ。 「雨だ! 誰か雨を!」 拳を振り回し、カラス頭の大暴れ。 周囲の人間は呆れ顔。スズメ頭、ネズミ頭、シカ頭の男ども三名が、先の巨漢をいさめる。しかし他の村人とて知っていた。誰かが雨を呼ばねばならぬ。この夏、カンカン照り輝く陽の恵み、恵まれすぎて困りきっている。日照り続きで田はカラカラ、稲枯れ、畑枯れ、確実に年明け前に餓死者が出る。 「そうじゃ! オオカラスヒコの言うことももっとも! 誰ぞ良い案は無いか?」 真っ白な髭を地まで垂らして、大杖ついた長老が言う。首を捻る衆の後ろの方から、ウサギ頭の青年が声を上げた。艶かな漆黒の頭髪。鳥の白羽根を衣に縫い付け、すらりと長身の青年———その名をば、ウサギノツチ。 「海の向こうの国に、腕利きの巫女様がいるそうな。連れて来て祈らせるのはどうだ?」 「なるほど。それは良い案じゃ!」 かくして巫女のいる国へ遣いを送ることとなった。旅に出るのは、言い出しっぺのウサギノツチと、今年で十二になる少女のウミガメヒメ。 長老曰く、 「ウミガメヒメが背負っている甲羅は、伝説の鍛治師によって打たれた素晴らしき盾じゃ! 矢も剣も、火や水でさえも寄せ付けぬ! 海の向こうの国は遠くともそなたらならば大丈夫、さあ行って参れ!」 二人は村人たちに惜しまれながら出立した。 旅路は長い。二人はずんずん進む。森を抜け、川を跨ぎ、木の実やキノコを踏み倒しながら歩いてゆく。 ——途中、谷にぶつかった。 ウサギノツチだけならば、ひとっ跳びで渡ってしまう。しかし、 「わたしには渡れないわ」 「確かにそうだ。困ったな」 ここにはウミガメヒメもいる。重い甲羅をさてどうするか。 ウサギノツチは、丈夫な蔓で綱を編み、それを木に結び付け、向こう側へ跳び同じように木に結び付けて、見事に一本の綱を渡した。ウミガメヒメは、勇敢にそれにぶら下がって渡る。落ちれば奈落の底。身の毛逆立つ恐ろしき場を、少女の細腕で、甲羅により重くなった自重をものともせず進んでゆく。 最後はウサギノツチが手を貸して引き上げた。 「はあ、よくやった!」 「ありがとう。助かったわウサギノツチ」 こうして助け合いながら、二人は旅をする。 千歩ほど土を踏み進んだ後、はやくも次なる障壁、火の滝が立ちはだかった。 ゴウゴウドウドドーッ!物凄い轟音を立て、火の奔流がめらめら垂直に落つる。しかし地に着いたそばからシュウシュウと消えてゆく。 驚き、炎の出所探して見上げれば。ひとつの禍々しい真っ紅な雲、プカリと青空へ浮かび、生き物のようにうねりながら焔を生み出している。 「うーむ困った。村の衆がいれば水桶リレーで、あの雲を消火できるのだが!」 首を捻るウサギノツチに、ウミガメヒメの即答。 「あらウサギノツチ、長老の言葉を忘れたの? ここは、わたしに任せてちょうだいな」 ウミガメヒメが掲げるは、背中にしょっていた甲羅。火除けの盾。 高々と紅い雲の眩しさに煌かせ、にっこり笑う。 「そうだった! それさえあれば、火如き恐るるに足らず!」 「ええ、ゆきましょう!」 ウミガメヒメ、まっすぐ盾を突き出して、その後ろにぴったりとウサギノツチが付く。固く目を閉じ、駆け抜ける。 こうして二人は果敢に突破した。 さてさて、今度は何が待っている。 次に二人の前にあらわれたのは、水龍の巣食う洞窟。入口より覗けば、ひたひたと黒い水の溜り場。グウォオオン…と、闇の奥より、おどろおどろしい唸り声が響いて木霊する。怯えるウミガメヒメに、ウサギノツチは言った。 「大丈夫。まずは俺に盾を貸してくれ!ウミガメヒメは……」 「…わたしは?」 「うむ、踊れ!」 「え?!」 わけのわからぬまま、あっという間に手を引かれ洞窟へ連れ入れられる。 刹那、ドザアン!! 出た、出た。侵入者に怒った水龍。ぎらぎら、盾の向こうで赤かがち(ほおずき)の如き紅い眼が睨む。八本の手足がくねくねと、まるで蜘蛛のよう。 ガキィン!!喧しい金属音が鳴り響く。水龍が鉤爪で握る剣、ウサギノツチの掲げた盾の激突。同時に洞窟一杯に響く唸り声、ウオォオン…ッ! 剣と盾に火花が散る。青く飛沫が舞い上がる。 「さあ、今だ!」 ウサギノツチ、渾身の力で盾を押し返し、歯をぎりぎり食い縛って少女を励ます。ウミガメヒメ、とうとう心を決め、頷くがはやいか盾の裏よりパッと身を現す。 「ラララ〜。水神様の〜恩寵は、太陽よりも、月よりも!」 精一杯に張り上げる。が、なんだか細く澄んだ声。怯えに震えがビブラート、銀の小鳥の舞うようなかわいらしい悲哀な調子で、出鱈目な唄を歌う。踊る。 突然の舞い姫の登場に、水龍が驚いて止まった。目の前の盾を押すのを中断し、少女の舞いに見惚れる。歌の内容も、自分を褒めているようで、なんだか気分がよろしい。 「田んぼにゃ、稲がすくすく育ち〜。黄金に染まれば〜交換じゃ!隣村の子羊と〜いよっ!さあ一匹、二匹……」 頭が真っ白なまま、ウミガメヒメは必死に歌う。華麗に舞う。次第に水龍は眠くなってきた。トロンと瞼が落ちる。ドサッと胴が潰れ、バシャーンと派手な水飛沫をあげ。とうとうガアグウいびきをかいて眠ってしまった。 二人の旅人はホッと胸を撫で下ろした。 黒々と不気味な水溜りの淵、横目にちらりちらり見遣りながら進む。壁伝いに洞窟を歩いて、二人はやっとのことで眩しき陽の目を見た。 「怖かった!でも、わたしちゃんと出来たわ!」 「ああ、思った以上に上手くやってくれたぞ。有難うウミガメヒメ!」 二人は喜びの鬨をあげ、抱き合って幸福を分かち合った。 こうして、ウサギノツチの脚力と、ウミガメヒメの無邪気な可愛らしさは、いついかなる時も役立った。 そして二人の旅は続き。 とうとう、海に出た。 これを越えれば巫女の国は近い。湧き立つ気持ち抑えて眺めれば、向こう岸は霧に覆われ、黒々と霞んでいる。しかしさほどの距離はない。 「泳ぎましょう」 「ちょっと待て。俺は村でも有名なカナヅチだぞ。確実に溺れ死ぬ」 「あら困ったわ」 泳ぎ自慢のウミガメヒメの提案は、あえなく却下。うーむと二人は悩む。 突然、すっくとウミガメヒメが立ち上がった。 「一体何を?」 「海水を飲み干すわ」 そして水に口をつけ、ゴブリゴブリと飲み出した。 「なるほど。飲み……っは?!馬鹿やろう!!」 ウサギノツチが、慌てて止める。しかしその時既に遅し。ウミガメヒメの腹には、海水湯呑み二十杯分、小魚五十匹がおさまって、はち切れんばかりに膨れていた。ウミガメヒメは不思議そうに小首を傾げ。波打つ金髪シャラリとウサギノツチを見上げる。 「なぜ止めるの?」 「なぜって、世界中の海の水がなくなれば、俺の好物のハマグリはどうなる? 俺の息子のクマヒコの好物、鮭の塩焼きも二度と料理できなくなるじゃないか!」 なるほど。ウミガメヒメも合点する。 しかし落ち着いてみれば、元より海水を飲み干すなどということは不可能であった。 「私のお腹はこんなに膨れたのに、海の水はちっとも減ってないわ」 「海は広い。遠い神代の昔からあるそうだからな」 またしてもうーむと悩む。 ちょうどその時、ウミガメヒメの目に、サメの群れが映った。 「まあ、あれは何かしら」 「サメという名の魚だな。獰猛だから近づかぬが良策だ……っと、ちょっと待てよ?」 はたとウサギノツチ、目を爛と輝かせる。すっくと立ち上がって言った。 「あれの背に乗り、舟、いや橋の代わりとしよう」 「え? でも今、獰猛だから近づくなって……」 「策がある!」 何やら思いついたウサギノツチ。ウサギ頭の奥から紅い眼ちろりと覗かせて、じっと見る。海を見る。 そして言った。 「ウミガメヒメ。さっき呑んだ魚、一匹ずつ吐き出せるか?」 「ええ、できるわ」 それを聞き、よしきたと手を打つ。 「では、サメを呼ぼう!」 止める間もなく、オゥーイとサメを呼ばわる。岸に獲物を見つけ、サメが泳ぎくる。歯を剥き出す。噛み合わせてガチガチ鳴らす。世にも恐ろしい光景であるが、ウサギノツチは怯まない。 「我らは五十匹の魚を持っている! お前たちと我らの魚とどちらが多いか、競争しようではないか!」 「「だがどうやって?」」 「「どうやって数えるのだ?」」 サメが唸る。ウサギノツチは朗々と答える。 「容易な話よ!いいか、まずはお前たちが一列に並ぶ。そして我らがその背を渡りながら、一匹渡るごとに一つずつ魚を海に投げて数えてゆく。どうだ!」 「「良い考えだな!」」 「「お主は知恵があるぞ!」」 早速サメは海に並んだ。その上を、ウサギノツチとウミガメヒメが渡ってゆく。二人が四十九匹目の魚を数えた時、サメの背が途切れた。二人は向こう岸についたのだった。 「残念だったな!我らの魚が勝ちだ!」 そう言って、ウサギノツチは意気揚々と陸地を踏んだ。ウミガメヒメも、砂浜に足を踏み入れた。サメは悔しがって歯軋りしたが、仕方がない。憮然と海へ戻った。 さてさて二人は陸路を進む。杉の林通り抜け、緩やかなる崖一つ越えたところで、はあっとウミガメヒメが息をついた。ピインと張り詰めていた気が溶けたよう。金髪かき揚げ、胸に手を当てて空を仰ぐ。 「魚の数ぎりぎりだったわ。ウサギノツチ。もしも足らなかったらどうなっていたことか。私たち、海の真ん中でサメの餌食よ」 「大丈夫だ!事前にサメの数は数えておいたのだから!」 「まあ、ウサギノツチって目が良いのね」 二人はカラカラと勇ましく笑った。 再び、歩き出す。ひたすらに歩んで、真夜中。とうとう二人は目指す村へ着いた。 巫女の国。さすがは神秘に包まれて奇妙な雰囲気。白麻の衣纏う老若男女が出迎える。しばし待たされたのち案内がつき、深い山の森へ分け入り出した。 紺碧の夜空に、月明かりは煌々と照り輝く。 ふと山道が立ち消えた。ぽっかり開いた広場の中心に、木のお堂の影が黒々とそびえていた。建物の幽霊かと見まごう異様な風情。息を呑んで立ち尽くしていると、木戸がパッと開き、中より一人の巫女が姿を現した。 純白の巫女服は闇にゆらゆら浮かび上がり、輝く勾玉の髪飾りは瑠璃色、その頭の上にはシャラリと榊の枝ささげ持ち、顔は若く美しき女性の面貌。 ウサギノツチ、恐れ入りながらも村の事情、はるばると旅してきた動機など語り、最後に「どうか我らの村へ赴き、雨を呼んでは戴けまいか」とお願い申し上げた。 巫女、うむうむと頷きながら話を聞き、心得たとばかりにシャッと榊を振った。 すると周囲が撹乱された色彩で満ち溢れ、混沌の霧に包まれる。気付けば先の巫女、ウサギノツチ、ウミガメヒメの三名、天高く浮かぶ雲に乗って地上を見下ろしていた。 「うひゃあ!」 「はるか下にさっきの山が…ねえ、お堂も見えるわよ!」 興奮し声を上げる二人に、巫女が朗々と響く声で尋ねる。 「お前らの村はどの方角じゃ?」 「はい!そちらに広がる海の向こう、水龍の巣食う洞窟、火の滝、崖を通り抜けた先。此処とは真反対側の海に面した集落が、我らの村で御座います!」 「そうか」 巫女が頷くが早いか。彼らの雲はびゅうんと唸り、走り出す。あっという間に野を越え、山を越え、ウサギノツチたちの集落へ到着した。うっすら桃がかった彼らの雲は、集落のど真ん中へと浮遊して、止まる。おっかなびっくり降り立てば、郷土の村人がわらわら出迎えた。 「おお、待っていたぞお前たち!」 「無事に戻ったかウサギノツチ、ウミガメヒメ!」 「雲で飛んでくるとは…本物の巫女さまじゃ!よくやった!」 興奮に溢れた村人たち。やがて巫女の指示に従い、焚き火を燃やし、鐘や太鼓で大騒ぎ、天に向かって馬鹿踊りを始めた。頃合いを見計らい、榊を高々ささげ持った巫女、台座へ駆け上がる。不思議な抑揚で、雨乞いの歌を歌い出す。 いくらも経たぬうち、黒い雨雲がもくもく湧いてきた。ポツリポツリ。ここで巫女が最後の祈りの奇声を叫ぶ。同時、堰を切ったように、ドシャーッ! 「うわーい!」 「雨だぞーー!」 「我らは救われた!坊主も娘子も爺も婆も、死なずに済むぞー!!みんな喜べ!!」 村人は涙を流して喜んだ。手を振り、腰を振り、世にも奇妙な歌と踊りで盛り上がる。酒まで回しのんで、土砂降りの中、夜通しお祭り騒ぎが続いたそうな。 〜✳︎The End✳︎ ♢ 「——監督!大変です!」 「どうしたんじゃ、そんなに慌てて」 白波打ち寄せる浜辺。 映画撮影の機材やらカメラやら、ずらりと並び。びしょ濡れの役者が派手なメイクで着飾り踊り回る。ここは今日限定、貸し切りの平和な撮影現場。 カメラを回していたスタッフの一人が、突然声を上げた。メガホン片手にビーチパラソル足元のパイプ椅子へちんまり座している監督が、豊かな白髭を撫でながら、んむ?と顔を向ける。 「今いい場面撮れたとこじゃねえか。消防車さんにも協力戴いて、役者さん方の演技も熱が入っとったし。映画のクライマックスのエンディング、あともう一踏ん張りだろ」 のんびり返事をする監督に、スタッフは暴れ猫のように手を振り回しながら抗議する。 「不味いんですよ!監督。空を見て下さい!」 「む?!」 雲一つない大空。初夏のあたたかい太陽が、美しく金色に輝く。雨の場面撮影ということで、緊急に呼ばれた消防車。それが噴水のように水を放出したばかりなので、そこかしこで虹がキラキラ煌めいていた。 「雨はあるのに、雲がないんです! 空の色を完全に失念していました! 後からCGで誤魔化すにも限度があります! 一体どうするんですか監督!」 ブフゥーッと。監督の顔がみるみる紅潮してゆく。ついに監督の中で、何かがパンッと弾けた。 「雲を呼べ! 今すぐにじゃ!」 「んな無茶な」 晴天の撮影現場に、他のスタッフの呆れ声が響いた。 [完]
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