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「花ちゃーん」  聞き慣れた声が聞き慣れない呼び方で呼んでいる。 「花ちゃん、いる? ――あ、いた」  そっと片目を開ける。幼馴染みで、ここ鳴竹(なるたけ)高等学校――通称『ナルコー』の同級生でもある、梶原(かじわら)直人(なおと)が仰向けに寝転んだ顔を覗きこみ、ひらひらと手を振っていた。  昼休みは屋上で昼寝、というのが常なので、きっと姿が見えないうちから声をかけたのだろう。それにしても。 「……『花ちゃん』てなんだよ」 「じゃあタッちゃん。タッキー」 「いつも通り『龍樹(たつき)』って呼べばいいだろ!」  昼寝を邪魔されて眠気もすっかり吹き飛んでしまった。仕方なくむっくりと上半身を起こして、ニッと笑う幼馴染みの顔を睨みあげる。 「だって可愛くない? 一年の女子も言ってたよ。『花ちゃん先輩、カッコ可愛い』って」 「なんじゃそら」 「だからこれから俺も花ちゃんって呼ぼうかなって」 「……ヤメロ……」  俺が『花染(はなぞめ)』って名字イヤだって知ってるくせに。  風が強い。ざあっと春めいた空気が激しく舞い上がり、校庭の僅かに残った桜の花びらをコンクリートの床に散らした。 「もうすぐ五限始まるよ、龍樹」  直人がひょいと手を伸ばし、龍樹の金茶色の髪に触れる。「花ちゃんに花びら」とまたニヤニヤするのを「うるせえ」とやや乱暴に手を跳ねのける。 「サボる。あのセンコー苦手」 「龍樹はどの先生も苦手じゃん。でもそろそろ出席日数のことも考えないと、留年しちゃうよ」 「……明日からがんばる」  ダイエットは明日から〜、と妙な節をつけて歌う。 「ケンカもさ〜、ほどほどにしないと。また生徒指導室行きになっちゃうよ」  その台詞で思い出してしまった。朝のムカムカした気分を。
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