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1.
「花ちゃーん」
聞き慣れた声が聞き慣れない呼び方で呼んでいる。
「花ちゃん、いる? ――あ、いた」
そっと片目を開ける。幼馴染みで、ここ鳴竹高等学校――通称『ナルコー』の同級生でもある、梶原直人が仰向けに寝転んだ顔を覗きこみ、ひらひらと手を振っていた。
昼休みは屋上で昼寝、というのが常なので、きっと姿が見えないうちから声をかけたのだろう。それにしても。
「……『花ちゃん』てなんだよ」
「じゃあタッちゃん。タッキー」
「いつも通り『龍樹』って呼べばいいだろ!」
昼寝を邪魔されて眠気もすっかり吹き飛んでしまった。仕方なくむっくりと上半身を起こして、ニッと笑う幼馴染みの顔を睨みあげる。
「だって可愛くない? 一年の女子も言ってたよ。『花ちゃん先輩、カッコ可愛い』って」
「なんじゃそら」
「だからこれから俺も花ちゃんって呼ぼうかなって」
「……ヤメロ……」
俺が『花染』って名字イヤだって知ってるくせに。
風が強い。ざあっと春めいた空気が激しく舞い上がり、校庭の僅かに残った桜の花びらをコンクリートの床に散らした。
「もうすぐ五限始まるよ、龍樹」
直人がひょいと手を伸ばし、龍樹の金茶色の髪に触れる。「花ちゃんに花びら」とまたニヤニヤするのを「うるせえ」とやや乱暴に手を跳ねのける。
「サボる。あのセンコー苦手」
「龍樹はどの先生も苦手じゃん。でもそろそろ出席日数のことも考えないと、留年しちゃうよ」
「……明日からがんばる」
ダイエットは明日から〜、と妙な節をつけて歌う。
「ケンカもさ〜、ほどほどにしないと。また生徒指導室行きになっちゃうよ」
その台詞で思い出してしまった。朝のムカムカした気分を。
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