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そういやさ、という式部の声で我に返る。
「昔さー、俺の特攻服見せたときさ、直人はカッケーっつって目ぇキラキラさせてんのに、お前ときたら」
「……なんだよ」
「怖いってギャン泣き。あれは傷ついたな〜」
「……っ、そんなん、ガキの頃の話だろっ」
悔しまぎれの咆哮は軽やかに無視されて、式部は腰まである真っ直ぐな黒髪を後ろで一つに束ね、鼻歌を歌いながらカラーリング剤を混ぜはじめた。
名前が式部紫なので、見た目も相まって『光の君』と言われていたらしい。……と、直人から聞いたが、その名前とあだ名の繋がりが龍樹には分からない。
「お前が手こずるなんて、そんな厄介な相手だったのか」
と、腕に貼った湿布を横目に、式部は耳にカバーを取り付けていく。
「ちっげえよ。人数多かったんだよっ」
「へーえ」
ニヤニヤしながら櫛で龍樹の髪を梳かす。龍樹はふてくされて、クロスの中で腕を組んだ。
「直人はいても戦力にならないだろうからなあ」
「いーんだよ、あいつはそれで。うちのガッコの希望の星なんだから」
直人はおちゃらけているように見えるが、頭は悪くない。病院の跡取り息子で、本当はもっと学力の高い高校へ行けたはずだが、
『龍樹とバカやれるのも今のうちだしな』
と、龍樹の行ける今の高校を選んだ。
そんなことで進路を決めるなんてアホだなと思う。だがその言葉を聴いたとき嬉しくて、口元が緩んでしまうのを必死で抑えた。すぐに直人に指摘されてしまったけど。
「波松高のやつらさ……最近ヘンなんだ」
「ヘン?」
「前はうちのシマでやたら暴れるなんてなかったのに。しかも今日は二葉高のやつを襲ってた」
「へえ。あのインテリ高の?」
思えば最初から違和感はあった。いつもの小競り合いかと人波に飛び込んだら、二葉の学ラン一人にあんな大勢で――カツアゲするにしても、あんなに殺気を漲らせてるのはおかしい。
結果、その学ランを助ける形になったのだが。
「でもさ〜、あの野郎……」
『助けてくれなんて言ってない』
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