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「俺は獣じゃないから。
だからフェロモンをいい訳にするようなことは絶対にしたくないんだ」
本能で揺れる目をしながらその人は確かにそう言った。
俺には獣がどういうものだか分からなかったけれど、この人はまるで狼の様だなんてアルファの匂いを嗅いでしまってぼんやりとする頭でそう思った。
◆◇◆
人生はままならない。
高校生の時までは自分はごく平凡な人間だと思っていた。
平凡なベータとして大人になって平凡に暮らすのだと思っていた。
第二の性別の診断もベータだったし亡くなった両親もベータだったと聞いている。
波乱万丈な何かにあこがれた事は無い。
だから穏やかに、人生が進んでいくんじゃないかと思ったのだ。
最初に感じた違和感は吐き気だったと思う。
時々無性に気持ちが悪くなる。
しかも何かを食べた後、とか空腹時とかそんなのは関係なく突然気持ちが悪くなる。
それから偶に、発熱している気がした。
熱をはかると微熱程度で頭が猛烈に痛いなんてことは無かった。
なんとなく疲れているのかなとは思っていた。
けれどある日酷い眩暈がしてぶっ倒れた。
担ぎ込まれた病院で告げられたのは「オメガ因子が確認されました」という無機質な医者の言葉だった。
「は?」
思わず相手は医者だって言うのに、変な声を出してしまった。
「中学の時にした検査が間違っていたっていうことですか?」
第二の性別は思春期になって初めて分かる。
そのため学校全体で検査した時の結果はベータという特に何の変哲もない、第二の性別はありませんでした、という大勢と同じものだった筈だ。
それが間違っていたということだろうか。
オメガにはヒートと呼ばれる発情期があり、第一の性別である男女に関わらず子を孕むことができる。
「いえ。確かに佐々木さんあなたはベータです。
本日の検査でもそうでした」
けれど――
深刻そうな顔で白衣を着た医師が言うには、俺は不完全ながらベータでありながらオメガの資質を持っているらしい。
まさに青天の霹靂だった。
言葉も出ない。
「何かの間違いじゃ」
なんて、思わず言ってしまう位には自分にとってあり得ない事だった。
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