吉原遊郭一の花魁は恋をした

序章：欲望の町、吉原遊郭

　男と女、偽りと見栄、そして飽くなき欲望で煌めく街――吉原遊郭。城壁に囲われ更に外側を緑の田んぼに囲われたその場所へは正面にある大門が唯一の出入り口。それは訪れる者にとっては女に酒という娯楽の詰まったまさに楽園への入口だったが、門を潜る事を許されぬ者にとっては莫大な借金と奪われた自由に繋がれたまさに地獄の門だった。

　そんな大門を通ればまるで別世界に来たのかと錯覚させる程に膨大な数の行灯が煌々としその者を出迎える。そして真っすぐ伸びた仲之町（中央通りの名称）の両側にずらりと並ぶ引手茶屋や飲食店。仲之町にはそれ以外にも枝分かれするように左右にそれぞれ並んだ三つの区域があり、その区域別に木戸門が設けられ妓楼(ぎろう)に挟まれた道が伸びていた。

　吉原遊郭は大門から遠ざかる程に階級の高い遊女の妓楼があり、故にどれだけ大門から離れた場所で遊興するかはそれだけの財力と上級遊女に気に入られる品格がある証でもあった。それは男にとっては誇るべき社会的地位のひとつ。

　だが溢れんばかりの遊女と妓楼を抱えるこの吉原遊郭において、頂点に君臨するその妓楼だけはどの区域にも属さず仲之町を真っすぐ進んだ先、大門と対極に建てられていた。旧吉原で不動の人気を誇った高津屋はここ新吉原へ移転する際に遊廓大主としてこの場所の監督権を授かり、同時にまるで城のような豪華絢爛な妓楼を与えられた。

　それが大門を入り真っ先に客を出迎える吉原屋。

　そしてこの吉原屋最上階に個室を与えられた遊女こそ、この吉原遊郭において最高位の遊女。男たちに夢を与え、女たちの最先端を行く存在。そんな彼女の馴染み客となれればそれだけで吉原外においても他より抜きん出ることができ、大門付近に置かれた引手茶屋から最奥の吉原屋までを共に歩む男には一時とは言えさながら征夷大将軍のような気分を与えた。

　幕府の管理下にありながらもその干渉を受けない――実質隔離された吉原遊郭は独自の体制を生み出しその異国のような雰囲気はより多くの者を引き寄せ快楽の沼へと引きずり込んだ。
　そんな男たちの夢の先にいたのは、吉原屋最上階にて客を待つ夕顔(ゆふがほ)花魁。