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運命の出会いとは、運命的に結ばれる人と出会うことだと思っていた。だけどきっと逆もあるんだ。僕がその人を見た瞬間、僕の心臓は大きく跳ね、そしてなんとも言えない恐怖が僕を襲った。
どくどくとなる心臓の音を聞きながら、僕は恐怖で濡れた手のひらを握った。
あの人に、近づいてはダメだ。
それは心の奥底からの叫び。
僕は恐怖で釘付けになった視線を何とか引き剥がし、自己紹介をしている先生を見る。
新しく入った高校の新しいクラス。
僕はオメガだから、きっとあの人と接触することは無い。
遠目に見えたあの人は間違いなくアルファだった。距離があって香りまでは分からなかったけど、あの体格と容姿は間違いなくアルファだ。
アルファがいる校舎だったし・・・。
あちらの校舎はアルファと特進コースのベータの教室があるから、ベータの可能性もあるけど・・・。
彼は間違いなくアルファだ。
なぜだか分からないけれど、僕には確信があった。
だけど大丈夫。
こちらから近づきさえしなければ、関わることは無い。
そう思っても、目に焼き付いてしまったその人の姿が頭から消えない。
動悸が治まらず、気持ちが悪くなってきた。とその時、目の前に誰かが立った。
「どうした?神代。顔色が悪いぞ」
担任だった。
ふわりと香るその香りに、すぐにアルファだと分かる。
ここはオメガとベータからなるクラスだけど、担任はアルファなのだ。アルファに警戒してこの学校に入るのに、担任がアルファとはおかしな話だけど、より質の高い教育を求めるのもまた親の希望だ。そのためここでは、アルファとベータの教師二人の担任制をとっている。
「・・・大丈夫です」
だけどそう言うそばから唇が震える。
「とてもそうは見えないぞ。・・・神代の保護者の方いますか?」
担任はそう言うと、廊下に向けて叫んだ。廊下には入学式に参加した保護者が、ホームルームを終えるのを待っている。
「神代です」
そう言って入ってきたのは兄だ。今日は兄が式に来てくれたのだ。
「なず」
担任から事情を聞いた兄が僕の元に来る。
「帰ろう」
一瞬大丈夫だと言おうと思ったけど、胸の動悸が治まらない。僕は頷いて立ち上がった。
荷物を持った兄はもう片方の手で身体を支えてくれる。
一人でも歩けるのに。
そう思いながらみんなの注目の中、僕は教室を出た。
「無理するなよ」
担任の前を通った時に聞こえたその言葉に、僕は視線を向けるもそのまま教室をあとにした。
「あいつがなずの担任とはね」
少し笑いながらの兄の呟きに、僕はため息をつく。
「僕もびっくりだよ。どんな顔していいのか困る」
面白がる兄とは対称的に、僕はせっかく始まった新しい生活に不安しか無かった。
まさかあの人が担任になるとは・・・。
僕はもう一度ため息をついた。
担任、榊馨は兄の中学の時からの同級生で親友なのだ。つまり生まれた時から僕を知っている人。
僕がこの学校に来たのももちろん馨さんがいたからで、兄と父のたっての希望だったからだけど、僕的には別にここじゃなくても良かったんだ。だけど特に行きたいところもなくて・・・でもだからって、まさか担任になるとは・・・。
他の人には一応内緒にしなきゃいけないし、これからどんな顔して接すればいいのか分からない。
だって生まれた時から知ってるんだもん。ほとんど家族みたいなもんだし・・・。
呼び方も気を付けないと。
僕は小さいときから馨さんのことを『るーくん』と呼んでいる。それは小さい時に『かおる』と発音するのが難しくてそうなったんだけど、今でもそのままそう呼んでいるのだ。
だから間違ってもそう呼ばないように注意しなきゃ。
本当になんでよりにもよって、馨さんが担任になっちゃうかな・・・。
もう一度ため息をついたところで、兄が心配そうに声をかけてきた。
「しんどいのか?」
ため息を具合の悪さからだと思われてしまった。
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