1091人が本棚に入れています
本棚に追加
身体が一瞬にして縛られたように固まる。
心臓が壊れたように跳ね上がり、息が喉で詰まる。そして恐怖が身体を支配し始める。
視線の先に、あの人がいたのだ。それも僕の方を向いて。
真っ直ぐにこちらを見るあの人の視線が僕の目を捉え、離すことが出来ない。
見えない力が僕を支配する。
心臓が壊れたように早鐘を打ち、呼吸が上手くできない。周りの音もいつの間にか聞こえなくなり、僕の目はあの人に釘付けになる。
「・・・しろ」
遠くで声がする。
「・・・み・・・しろっ」
僕を呼んでる?
「神代っ」
ガシッと肩を掴まれ、僕は我に返る。
「神代、大丈夫かっ?」
僕の肩を掴む手に力が込められ、必死の声が耳に響く。
そこには焦りをにじませた榊先生がいた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。だけどすぐにここは学校で、先生の授業が始まるところだということを思い出す。
「神代・・・」
肩に置いたままの手から、先生の心配が伝わってくる。
「大丈夫です」
僕はすぐに頭を切替える。
先生に迷惑をかけちゃだめだ。
まだ恐怖が背中に張り付いて心臓はバクバクしているけれど、僕は僅かに笑みを作る。
「その顔は大丈夫じゃないだろ?誰か保健室に・・・」
先生が他の生徒に向かって声をかけるのを僕は遮った。
「一人で大丈夫です」
先生の目を見てはっきりそう言うと、僕は立ち上がった。
「一人で行けます」
まだ心配顔の先生にもう一度そう言って、僕は立ち上がった。
先生はまだ何か言いたそうだけど、僕は『保健室に行ってきます』と言って一人で教室を出る。そして、静まり返った廊下を歩いて保健室へと向かった。
実は一刻も早くそこから離れたかったのだ。なぜなら、あの人がまだあそこから僕を見ていたから。あの人の視線が、見なくても僕に注がれているのを肌で感じる。まるで矢のように刺さるあの人の視線から、僕は逃げたかったのだ。それに、先生の授業の邪魔もしたくなかった。
僕が入学してから、僕は先生にずっと迷惑ばかりかけている。
ここに入らなきゃよかった・・・。
そうしたら先生に迷惑もかけないし、こんなに怖い思いもしなくて済んだのに・・・。
そう思いながら向かった保健室のドアには『在室中』の札がかけられていた。
「失礼します」
当然先生がいると思って入った保健室には先生の姿はなく、誰もいない様子。
静まり返った保健室の中に入りながら、僕はベッドの方へと向かう。先生はいないけど、少し横にならせてもらおうと思ったのだ。あの人の恐怖がまだ身体に残っていて、僅かに震えていたから。
少し横になって落ち着こう。そして落ち着いたらまた教室に戻ればいい。
そう思ってベッドのカーテンを開けて靴を脱ごうとしたその時、保健室のドアがガラリと開いた。先生が戻って来たと思ったその瞬間、びくりと固まる身体と跳ね上がる心臓。そして感じる甘い香り。
それは一瞬の出来事だった。
まるで嵐の様に強い力が僕を襲い、気がつくと僕はベッドの上に仰向けで横になって誰かが上から覆いかぶさっていた。
圧倒的な強い力と甘い香りが僕を飲み込んでいく。
開いている筈の目は何も映さず、身体は指一本動かない。そして心の底から湧き上がる恐怖が全身を覆い、身体を凍りつかせる。
何が起こっているの・・・?
分からないのに、なぜが身体が歓喜し出す。
心は恐怖に満ちているのに、身体は歓喜し熱くなる。その心と身体の捻れが精神を軋ませ、気が変になりそうだ。
「ん・・・ん・・・っ」
気がつくと口の中を何かが動き回っていた。
生き物のような何かが口の中を這い、歯列を伝い、舌を絡めとる。
ぐちゅぐちゅと溢れる蜜のような甘い液体が口の中に広がり、喉の奥に流れ込んでくる。それは僕を覆う甘い香りと共に麻薬のように僕を痺れさせ、身体を熱くしていく。
「ふ・・・ん・・・んん・・・」
身体の芯がじんじんと疼き、熱くてたまらない。
最初のコメントを投稿しよう!