第四話

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 やつはタコみたいに真っ赤だった。  かわいい。そう思うとまた胸がドキッとした。やっぱり、かわいい。かわいいというボタンがあったらずっと押していたいほどかわいい。そばかすがういてみえて、秋を刺激するような濃い紅葉みたいになっている。 「あかいぞ」 「そ、そういう体質なんだ」 「どういう体質なんだよ」 「……あ、あかくなるやつ」 「ばか」  馬鹿なのは自分だ。  つい、よけいな言葉がでてしまう。  この愛くるしさ。本人から許可をもらえるなら、すぐに抱きしめたい。どうして、このかわいさにいままで気づかなかったんだろう。刮目に値するいとしさに、ときめきが加速しているのがわかった。  それからだ。  毎週、トゲネズミの隣に座る自分がいた。霜が降り、一面の冬景色を見ながら凛と透き通った冷たさのなか、講堂に向かうのが楽しみになった。  ぽつんと空いた席に足どりをはやめる。  おまえら、近寄るんじゃないぞという意味をこめて俺は腰かける。ざわざわと学生たちが席について、みんなが雑談にふけって始まるのをまっていた。それにかこつけて俺は横をむいてさりげなく話しかける。 「おはよう」 「お、おはよう……」 「おまえ、いい匂いがするな」 「……そう?」  きょとんとした表情で見つめられる。しらじらしい質問が見透かされたとドキッと緊張が走る。 「ああ、なんか香水とかつけてる?」 「……柔軟剤かな?」 「そうか……」  つんっと返された。ぴしゃりと閉じた答えに、腹を探ることすらできない。もっと照れるとか、オメガだからかなとか。ぽっと桜色になる初々しい反応を予見していたのに、一切ない。しかも色々と聞き出してみたい下心を見抜かれたと思って、不安になって急いでほかの質問を探す自分がいる。 「どうしたの?」 「あ、……。いや、さ」  どうしてこの大学を選んだのかとか。  好きなアルファがいるのかとか、番いになりたいやつがいるのかとか。  それはセクハラになるからだめだとか。  絶えず一問一答を繰り返しては考え込んで、選んだ質問があった。それなのに投げたボールは鼻白んだようにトントンと弾んでぴたりと止まる。  いや、それでもいいから話しかけたいと思って声をだす。 「でもあまいぞ」 「あ、朝にプリンを食べた」 「朝からか?」 「う、うん。……あまいもの好きなんだ」 「そのプリン教えろよ」  ずいっと顔を近づけてみると、こまった顔をされた。 「や、やだよ。企業秘密だ」 「おまえ、変なやつだな」  本当は名前を呼びたくてしょうがなかった。七海と口に出したい。それなのに「おまえ」と言ってしまう自分が恥ずかしくなって、シャープペンシルをくるくると回して気持ちを誤魔化した。 「後ろの席もいいな」 「うん。意外とよく見えるんだ」  正直なところ、なにを見ていたんだと聞きたくなった。もしかして俺か。いや、あの後頭部がハゲの教授しかいないのはわかっている。  ——俺だったらいいのに。  そう願ってやまない自分がいた。  それでも横を向いていても誰にも怒られないのはいい。やっと話せたことがたまらなくうれしい。俺は知っていることを確かめるように質問を投げた。 「……おまえ、実家暮らし?」 「いや、ひとり暮らしだよ」  そうだろうなと思ってしまった。わかっていてもうれしい答えににやけてしまう。 「へぇ、同じだな。俺は毎日バイト三昧で、休むひまがない」  栄養満点の飯をぜひとも作ってやりたい。  食べている姿を想像して、笑みがこぼれてしまう。そんなことを考えるやばい奴が隣にいる。 「ボロいけどオメガ専用だから、アパートの立ち入りに許可証が必要なんだ」 「へぇ、そうなのか」  そうか、許可証が必要なのか。田舎でも犯罪はある。ある程度、セキュリティが整っていてよかったとほっと安心する。  ハゲタカが教科書片手にやってきて、しんと静まり返り授業が始まる。わざと肘をぶつけると、七海が真っ赤になっている。かわいい。こらっというように横目でいさめてくる。駄目だ。それは逆効果だ。抱きしめたくなる。学業に支障がでるほど、心が弾む。  そのあとコンビニに立ちよって、あらゆる種類のプリンを買って食べたが、おなじ匂いのやつなどなかった。コンプライアンスの厳しいやつだなとすこしイラッとした。    
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