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第五話
それから月日が飛ぶように過ぎていく。
俺の重度な片想いは薄らぐことなく、どんどんと濃厚になっていく。
季節はめっきり寒くなり、朝にぶるぶると震えているとホッカイロをそうっと手渡された。ほっこりと温かいぬくもりに心がきゅうと締めつけられる。
ありがとうの一言だけで十分なのに、意味もなく格好つけたい自分がいた。寒いの苦手なんだとぶっきらぼうに返したことがいまでも悔やまれる。
桜の花びらのように細雪が降って、ふたつ重ねてつくった雪だるまが笑っている。笑う門には福来たる。
ゆっくりと、そしてさりげなく関係を築いていくように俺は七海のそばに立つ。バイトを必死に調整して飲みに誘って、田舎にしてはおしゃれな店を予約した。
あいつは酒が弱いらしく林檎ジュースを飲んでいて、その姿が妙にかわいい。両手でグラスを支えて、細いストローを懸命に吸っている。麺すらすすれないのに、がんばっているところをまぶしそうにみつめる自分がいる。
げんこつみたいな唐揚げを分けてむしゃむしゃ食べながら、お互いの好きなことについて話した。あたりさわりのない内容に食と酒がすすむ。
七海は姉と兄がいて、幼いころに大きな賞を取ったのをきっかけに、絵を描き続けている。いまは油絵を専攻していて、将来は絵を描く仕事に携わりたいらしい。それでも手に職はつけたいらしく、教職のある芸術課程のある教育学部を選んだらしい。
子どものようにうなずく姿がかわいい。間近に目にすると息苦しい緊張が吹き飛んでしまう。目と鼻の先にいるトゲネズミに、俺は照れくさそうに好きなインディーズバンドなんてことまで話してしまう。
実のところ自分のほうが根掘り葉掘りと色んなことを聞き出したかったはずなのに、好きなバンドのボーカルまでしゃべった。
バイト先にも「浮田」というオメガの女がいるが外見が似ているだけで、なんたって気が強い。美容師になるために専門学校に通う傍らにバイトと合コンを両立している怖い姉貴分だ。
ふいに七海が知ってる、とつぶやいた。
「……バイト先にいるウッキーってさ、かわいいよね」
「浮田はバイトの姉御だぞ。やくざみたいにホールを取り締まっているけどな」
そう言ってのけると、サラダをつまんでいた口もとからくすぐったい笑いが漏れた。
「彼女がしっかりしているんだよ。美人だし、かわいいし、目もぱっちり二重だしさ。なんだか、お似合いだしさ……」
七海の語尾がちいさくなった。もごもごと言いにくそうにするので、俺は質問を返した。
「そういうおまえは好きな奴とかいるのか?」
「え」
ちょっとびっくりした顔をむけられる。グラスを持った指先に緊張が走る。
「すきなやつ」
「……え」
「好きなタイプとかあるだろ」
ずいと顔を目と鼻の先ほどに近づけると、ぽっと顔が桜色に染まった。嫌な予感と淡い期待が胸をざわつかせ、俺はごくりと生唾を飲みくだす。
「……え、えっと」
「……」
「……………」
狭い個室を沈黙が支配する。いたたまれない。聞きたいような知りたくないような。そんな好奇心がうごく。酒のせいじゃない、喉がからからに渇いた。俺は咄嗟に質問をかえて、人間を同じ哺乳類である動物に置き換えて問い返す。
「好きな動物でもいいぞ」
そのとき、しまったと後悔した。
「…………」
しまった、人間のタイプを聞けばよかった。と思ってしまったが、ひらいた口が止まらない。
「犬とかあるだろ」
「えっと……」
「猫とか」
「……グリズリーかな」
くっと口に含んだビールを噴き出しそうになった。熊か。いや、熊ってなんだ。しかも木彫りの羆じゃなくて、グリズリーってなんだ。北アメリカにでも行ったことがあるのか。
「なんだよ、それ……」
「結構かわいいんだ」
顔を真っ赤にされると、すぐにグリズリーになりたいと思ってしまう自分がいる。
「熊だろ……、しかも」
「や、えっと……。……やっぱり真面目な人かな」
そのとき、将来は必ず弁護士になろうと決めたのは言うまでもない。
真面目というよりは堅物でおもしろみのない自分だ。その言葉に近づけるように刻苦勉励したいと胸のなかで固く誓った。論理的に議論するディベートは得意だったが、好きな奴の好きな人間すら引き出せない臆病な自分をかえたいと思った。
居酒屋を出て、アパートの手前まで送って、手を振る。撫で肩でほっそりとした姿が見えなくなるまで、星が瞬く夜空の下に立った。
……今日も隣にいれた。
明日も、その次の日もずっとそばにいたい。ずっと一人でいたいと思っていたのに、ふたりでいたいと祈るような気持ちにいつのまにか変わっていた。
満天の星がきらきらと白く輝くなか、このままでいいのかもしれないとも思った。
だからあいつの空いている日を埋めるように、一日一日を大事に過ごした。
誰もよせつけないように、慎重に、そして必ずといっていいほどさりげなく隣に座る。肩を並べて、他の奴に引けを取らない態度を醸し出し、我が物顔で隣にいる自分がいた。われながらずるい男だと思う。
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