第七話

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第七話

 ひらひらと牡丹雪が舞い落ちている様子を無言のままに眺めていたときだ。ばしんと肩を背後から叩かれた。 「ちょっと! なあにしみったれた顔をしてんのよ」  ラスト後の片付けが終わり、遅い賄いに箸を付けているとすぐに上からやけに明るい声が落ちてきた。顔を上げると浮田がいた。 「しみったれてなんかねぇよ」  ぶっきらぼうに答えると、大袈裟に怖がるふりをされる。両腕を交差して掴み、ぶるぶると震えているが顔は笑っていた。 「やだ。すっごく機嫌が悪いじゃない」 「べつに……」  露骨にむっとした顔で蟹ピラフを食べてみせたが、とんと頓着する様子はない。 「あの子、また来てたね」 「……おう」  あの子とはトゲネズミのことだ。ふいに口の端が上に曲がる。七海はバイト先にしげしげと通って、すっかり馴染みの客となりつつある。 「仲いいの?」 「親友だよ」  ふんと言ってみせて、さりげなく牽制してみせた。それでも浮田はからかい気味に言った。 「彼、好きな人とかいるの?」  揶揄するような眼差しで言葉を投げつけて、にやにやと笑っている。そういうところが合コンに行きまくってもモテない要因だと思うが口にだすとややこしいので黙っておいている。 「……知らん」 「ふーん。じゃあさ、どんなタイプが好きなの?」  深夜だというのにマスカラを濃く塗られた睫毛を密生させて、浮田は意味ありげな笑みを見せた。 「……好きなタイプ」  ぴたりとスプーンを持った手が止まる。 「料理を待っているときとか、食べているときとか、いっつもあんたのこと見ているけどね」 「そうなのか?」  それはちょっとうれしい。口の締まりがちょっぴりゆるんでしまう。 「そうよ~。あの子、よく厨房覗いているし、忙しいんですねっていつも言ってるわよ。甲斐甲斐しい彼女みたいじゃん」  それは初耳だ。滅茶苦茶うれしい。だが浮田という女は下げて持ち上げる。 「ま、あの子性格がいいからあんたみたいな奴でも気にかけてあげているんでしょ。で、彼はどんなタイプが好きなの?」 「……なんでそんなに訊いてくるんだよ」  どうしてか、浮田は目を爛々とさせて食いついてくる。マスカラのダマまで見える距離まで顔を近づける。 「そりゃあ、ちょっと気になるじゃない。三日前の県立大の合コンは外れだったし、国立大にも幅を利かせたいじゃない」 「あいつは真面目だぞ」  だからなんだ、というのは自分でも判っている。 「関係ないでしょ。男なんだし、いいじゃん」 「……だめだ」  断じて教えてやるものか。俺は首を横に振ると、チッと短い舌打ちが鳴った。浮田がモテないのは、多分そういうところだ。 「ケチ。じゃあ、あの子が好きな動物ぐらい教えてよ。ハムスターとか、カピバラとか色々あるでしょ~」  どいつもこいつも人間より動物でタイプを決めようとする。同じ哺乳類だとしても似ているところなんてあってたまるか。そう思いつつ、俺は低い声でぼそりと呟いた。 「……グリズリー」 「は?」 「……グリズリーだよ。まえに好きだと言っていた。あいつは熊が好きなんだ」  怪訝な顔の浮田をよそに、むしゃむしゃとまかないを完食して、俺は皿を手にして席を立った。別にたくさん食べて熊みたいになりたいわけじゃない。ただ、食べないとあれこれ考えて眠れなくなる。それだけだ。 「ぐっ……、なにそれ」 「なんだよ」  きっと睨んで振り返ると、浮田が腹を抱えて笑っている。おなかが痛くなるほど笑ったのか、目元にはマスカラが滲んでいた。 「こわっ。……べ、べつにっ。ぐっ……、やばっ、糸目ちゃん、めっちゃウケる。あ、あんた。お、お幸せに……」  押し殺すような声でくっくっと笑って、肩を揺すっている。  大きなお世話だ。 「……なんだよ。俺は皿洗ってさっさと上がって帰るからな。おまえも道草を食わないで、早く帰れ」 「……ぐっ。はい。じ、じゃあね。……お、お疲れさま。……ぶはっ」  ひらひらと手を振る浮田をそのままにして、俺は厨房に入って皿を洗う。すでに食べ終わった皿が何枚かあり、手に取ってさっと汚れを落として食洗機に突っ込む。蛇口をひねって、流水の冷たさが指にしみ込んでいく気がした。 「……なんだよ、お幸せにって」  浮田の言っている意味が判らない。  どうしてあんなに笑ってるのか解せない。 「こっちは全然うまくいかないのに……」  もやもやとした悩みが霧のように頭の中を占めて、皿洗いはあっというまに終わった。  帰り道、冬の寒々しい月と遠景の美しい星が織りなすコントラストが無性に悲しくなった。  なんとなく、この恋は叶うことなく消えてしまうんじゃないかと思った夜だった。
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