第九話

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それからだ。  夏が終わっても、秋がきても、長い長い冬のような季節が俺の人生を覆った。七海を深く傷つけたまま、気まずい時間が流れた。  番いになった七海を手放したくなくて、結婚しようとプロボーズをして、うつむいて、「はい」という声にほっとした自分がいる。よかった。受け入れてくれた。  でも、よくよく考えてみて、七海は優しいから「番いだから」という理由で了承したにすぎないと思えてきた。勝手に運命だと感じて、七海を自分が敷いたレールの上にのっけてしまった。実家から逃げ出すほど、あれほどいやだったはずなのに、思うがままにしようとする自分にはたと気づいた。  それだからニコニコとほほ笑む七海に、それ以上はなにもできなかった。  丸まった背中に背をむけて、初夜を迎えた。手が、だせない。キスをして抱きしめると壊してしまいそうで、触れることも、愛し合うこともなにもできない。  抑えようとするたびに、欲望が忠実にふくらんでいく。  あるときなんて、もっとひどい。  真夏の暑い夜に帰ると、七海はそうめんを茹でていた。オクラにとろろ、それにめかぶと納豆をどんぶりにのっけて、夏バテにいいらしいよと無邪気な笑みを向けてくる。短パンエプロンでだ。 「天ぷらを揚げてたら、暑くてさ……」 「……っ」  クーラーをつけているが、たしかにむんむんと暑い。茹るような暑さにエプロン越しから、尖ってくすんだ乳首がちらちらと見える。無自覚がこわい。  家の中にいるのに、危険信号がチカチカと点滅して見える。 「おい、見えてるぞ」 「なにが?」  きょとんとした顔で返されるので、どうやらわかってない様子だ。俺はちょいちょいと指し示しす。 「……ちくびが」  ひと差し指が尖った山を指すと、七海がさっと顔をあからめた。 「あ……、暑いからね。手延べそうめん、よく冷やしてしめといたよ。ひやむぎのほうがよかった?」 「……いや。それでいい。ありがとう」 「あ、シャツは洗濯物のカゴに入れてほしい。あとでクリーニングに出しとくからさ。かわりのやつさ、買っておいたからそれを着てほしいんだ」  戸惑ったような恥じらうような笑みをうかべて、七海はエプロンをぎゅうっと握っている。なんだ、その仕草は。乳首がまる見えじゃないか。 「どうした?」  どうしてか、体も震えている。怪訝な顔でみると、さっと視線をそらされた。 「や、ま、まとめて持っていくからだよ」 「そうか。わかった」 「ふ、ふろ。早くはいってくれば?」 「……わかった」  そのまま言われた通りにシャツを脱いで、カゴにばさりと入れてしまう。気がつけばいつもシャツは新品で、古いやつがない。どこにやったんだろうと思ってきくと、クリーニング屋からとり忘れたと言われる。  それで帰りに商店街のクリーニング屋に寄ろうかと口にすると、俺の散歩コースだからと断られる。それと、ボタンを直しているから大丈夫という。どうしてか、壁を感じてしまう自分がここにもいる。  汗ばむ体が鏡に映る。  むだにでかくて筋肉がよけいに多くついてしまった裸体に、ひやりとしたタイルが足のうらにふれる。疲れがじわじわと出て気持ちがゆるんでいって、先ほどのエプロン姿が目にうかんだ。あれはずるい。エプロン越しに、ぷっくりと尖ってうき出ていた。そこになにがあるのか、わかってしまうじゃないか。  宅配がきたらどうしてくれるんだと心配になる。熱い湯を頭からかぶり、理性を取り戻そうとするが、火照ったものが見える。 「……ッ」  茂みから血管がうきでて、芯が硬くなったものを持ち上げた。俺はそれをごしごしとしごいた。 「……くそっ」  くそくそくそくそ。  うしろから抱きしめて襲いたくなる。絶対にわざとだ。いや、無自覚がこわい。両手をキッチンに押さえつけて、あのままあそこでしてしまいそうになるところだった。これを奥深くまで埋めて、貪るように食らいついて、うなじに咬みついてしまいそうになる。  あのしろいうなじが目の裏にうかんで、白濁とした欲情がとびだした。 「……ツ、くそなのは俺か」  湯を水にかえて、つめたさで頭をひやす。全然すっきりしない。だめだ。水圧をつよくして大量の冷水を浴びた。  どんどんとあつくなった身体がひえていき、熱が奪われ、芯が凍えるまであたまを冷やした。  体を拭いて、浴室からでると七海が心配そうにたたずんでいた。 「けいと、おそかったね。ごはんができたから呼びにきた」 「なっ」 「どうしたの?」  みていられなくて、俺はすぐに横にあったものをわたす。 「冷えるから、これを着ろよ」 「へへ、慶斗の服だけど着ていいの?」 笑いながら、七海はパンダの顔が描いているティーシャツをすっぽりと着ている。初デートのお土産にペアで買ったもので、すでに十年選手になっている。 「……いい。とにかく着てくれ」  しまった。どうして自分のを渡したんだと後悔がおそってくる。とても、とても似合っている。 「だぼだぼだね」 「……そうだな」 「慶斗のにおいに包まれているみたいだ」  かわいい。やばいぐらいかわいい。そのセリフのチョイスがまたきゅんときてしまう。七海が踵をかえして、キッチンにもどろうと背中をみせた。 「……」 「さ、ごはん食べよう?」  肩に手をかけようとして、うなじが理性を呼び起こす。三つの咬み痕が、俺を威嚇している。 「…………いや。ちょっとトイレによってから行く」 「うん、あっちでまってる」  にっこりとほほ笑んで、手をひらひらと振る。これは絶対にわざだ。いや、苦行と思えばいいのか。 「……っ」  俺はくるりと踵を返し、トイレにこもり、ズボンを下した。がちがちに硬くなっている。たけってしまった雄をしずめるために右手をだした。  こんな、情けない毎日の繰り返しを重ねてかなしくなった。
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