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それからだ。
夏が終わっても、秋がきても、長い長い冬のような季節が俺の人生を覆った。七海を深く傷つけたまま、気まずい時間が流れた。
番いになった七海を手放したくなくて、結婚しようとプロボーズをして、うつむいて、「はい」という声にほっとした自分がいる。よかった。受け入れてくれた。
でも、よくよく考えてみて、七海は優しいから「番いだから」という理由で了承したにすぎないと思えてきた。勝手に運命だと感じて、七海を自分が敷いたレールの上にのっけてしまった。実家から逃げ出すほど、あれほどいやだったはずなのに、思うがままにしようとする自分にはたと気づいた。
それだからニコニコとほほ笑む七海に、それ以上はなにもできなかった。
丸まった背中に背をむけて、初夜を迎えた。手が、だせない。キスをして抱きしめると壊してしまいそうで、触れることも、愛し合うこともなにもできない。
抑えようとするたびに、欲望が忠実にふくらんでいく。
あるときなんて、もっとひどい。
真夏の暑い夜に帰ると、七海はそうめんを茹でていた。オクラにとろろ、それにめかぶと納豆をどんぶりにのっけて、夏バテにいいらしいよと無邪気な笑みを向けてくる。短パンエプロンでだ。
「天ぷらを揚げてたら、暑くてさ……」
「……っ」
クーラーをつけているが、たしかにむんむんと暑い。茹るような暑さにエプロン越しから、尖ってくすんだ乳首がちらちらと見える。無自覚がこわい。
家の中にいるのに、危険信号がチカチカと点滅して見える。
「おい、見えてるぞ」
「なにが?」
きょとんとした顔で返されるので、どうやらわかってない様子だ。俺はちょいちょいと指し示しす。
「……ちくびが」
ひと差し指が尖った山を指すと、七海がさっと顔をあからめた。
「あ……、暑いからね。手延べそうめん、よく冷やしてしめといたよ。ひやむぎのほうがよかった?」
「……いや。それでいい。ありがとう」
「あ、シャツは洗濯物のカゴに入れてほしい。あとでクリーニングに出しとくからさ。かわりのやつさ、買っておいたからそれを着てほしいんだ」
戸惑ったような恥じらうような笑みをうかべて、七海はエプロンをぎゅうっと握っている。なんだ、その仕草は。乳首がまる見えじゃないか。
「どうした?」
どうしてか、体も震えている。怪訝な顔でみると、さっと視線をそらされた。
「や、ま、まとめて持っていくからだよ」
「そうか。わかった」
「ふ、ふろ。早くはいってくれば?」
「……わかった」
そのまま言われた通りにシャツを脱いで、カゴにばさりと入れてしまう。気がつけばいつもシャツは新品で、古いやつがない。どこにやったんだろうと思ってきくと、クリーニング屋からとり忘れたと言われる。
それで帰りに商店街のクリーニング屋に寄ろうかと口にすると、俺の散歩コースだからと断られる。それと、ボタンを直しているから大丈夫という。どうしてか、壁を感じてしまう自分がここにもいる。
汗ばむ体が鏡に映る。
むだにでかくて筋肉がよけいに多くついてしまった裸体に、ひやりとしたタイルが足のうらにふれる。疲れがじわじわと出て気持ちがゆるんでいって、先ほどのエプロン姿が目にうかんだ。あれはずるい。エプロン越しに、ぷっくりと尖ってうき出ていた。そこになにがあるのか、わかってしまうじゃないか。
宅配がきたらどうしてくれるんだと心配になる。熱い湯を頭からかぶり、理性を取り戻そうとするが、火照ったものが見える。
「……ッ」
茂みから血管がうきでて、芯が硬くなったものを持ち上げた。俺はそれをごしごしとしごいた。
「……くそっ」
くそくそくそくそ。
うしろから抱きしめて襲いたくなる。絶対にわざとだ。いや、無自覚がこわい。両手をキッチンに押さえつけて、あのままあそこでしてしまいそうになるところだった。これを奥深くまで埋めて、貪るように食らいついて、うなじに咬みついてしまいそうになる。
あのしろいうなじが目の裏にうかんで、白濁とした欲情がとびだした。
「……ツ、くそなのは俺か」
湯を水にかえて、つめたさで頭をひやす。全然すっきりしない。だめだ。水圧をつよくして大量の冷水を浴びた。
どんどんとあつくなった身体がひえていき、熱が奪われ、芯が凍えるまであたまを冷やした。
体を拭いて、浴室からでると七海が心配そうにたたずんでいた。
「けいと、おそかったね。ごはんができたから呼びにきた」
「なっ」
「どうしたの?」
みていられなくて、俺はすぐに横にあったものをわたす。
「冷えるから、これを着ろよ」
「へへ、慶斗の服だけど着ていいの?」
笑いながら、七海はパンダの顔が描いているティーシャツをすっぽりと着ている。初デートのお土産にペアで買ったもので、すでに十年選手になっている。
「……いい。とにかく着てくれ」
しまった。どうして自分のを渡したんだと後悔がおそってくる。とても、とても似合っている。
「だぼだぼだね」
「……そうだな」
「慶斗のにおいに包まれているみたいだ」
かわいい。やばいぐらいかわいい。そのセリフのチョイスがまたきゅんときてしまう。七海が踵をかえして、キッチンにもどろうと背中をみせた。
「……」
「さ、ごはん食べよう?」
肩に手をかけようとして、うなじが理性を呼び起こす。三つの咬み痕が、俺を威嚇している。
「…………いや。ちょっとトイレによってから行く」
「うん、あっちでまってる」
にっこりとほほ笑んで、手をひらひらと振る。これは絶対にわざだ。いや、苦行と思えばいいのか。
「……っ」
俺はくるりと踵を返し、トイレにこもり、ズボンを下した。がちがちに硬くなっている。たけってしまった雄をしずめるために右手をだした。
こんな、情けない毎日の繰り返しを重ねてかなしくなった。
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