第十話

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カタンという音が響いて、目のまえに立った。部屋中に香気がただよっている。  手にしていた卑猥なものを抜いてやると、悩ましげに顔をこちらにむける七海がいた。 「なにをしている?」 「あ、…… 、あ、はぁ、……ケイい」 「ケイって誰だ」  バイブを抜くと、ぽかんと口をひらいて呆然自失としている。 「はぁ、あ、はあ、け、けいと……だよ」 「たくっ、なんだよ、いつもこうやってるのか? シャツのは俺のだよな?」 「んぁ……」  つかんでいた皺くちゃのシャツを奪い、匂いをかいで確認してしまう。やっぱり昨日脱いで籠に入れたものだ。はじめてオメガの習性である巣ごもりを目にして、じんと身体が熱くなった。 「なんだよ、ちくしょう! かわいいじゃねぇか」 「え、え、え……」  七海を包むように持ちあげて、すぐ横のベッドに降した。キングサイズのベッドは両端が凹んでいる。久しぶりに真ん中が沈んで、あおむけのままでいる七海に覆いかぶさる。あまく薫って性欲を刺激する。 「やっぱりヒートだったな。薬は飲んだのか?」 「はぁ…… あ、ん。の、のんで、ないよ」 「……くそ」  乱れた息づかいに、ひやりと冷えたシーツがゆるんでいく。 「……ごめっ、出張だと思ってたから」 「出張なんてない」 「えっ……」  いってくると口にして家をでたはずなのに、どうしてそうなるんだと睨むとびくりと身体がこわばったのがわかった。 「バイブ、買ったんだろう」 「う、うん……」 「ローションも注文しただろう」 「は、はい」  床に転がっているバイブの、その先にはキャップの外れたチューブ型ローションがあった。カードの請求明細書でバレバレなのを本人はわかっていないようだ。 「なぜ、俺を呼ばない」 「し、仕事だから……」  さも当然という答えに、ちっと短い舌打ちが出てしまう。 「言ってくれれば調整している。どうして番いなのに、なにも言わないんだ?」 「そ、それは、慶斗だろ。あれから手を出してこないじゃないか」  はじめて七海が怒った。が、おもわず溜まっていた鬱憤が言葉となって飛び出した。 「なにを言ってるんだ。おまえを取られたくなくて、焦って傷つけてしまったからに決まっているだろ。救急車を呼んだんだ。おまえを一目見たとき冗談なのかと思ったぐらい好きで、歯止めが効かなくて、最低だろ。俺はな、おまえに一目惚れなんだよ。バイト先にいつも食べにくるし、よく目が合うし、気が合うなと思って声をかけても素っ気ないしいつも自信がなかったんだ。俺からアタックして、やっと告ってつき合うことになったけどおまえをめちゃくちゃにしてしまったんだぞ!」 「えっ」 「告白だって、玄関で全然ロマンチックじゃないだろ。おまえ、「えっ」とか「へっ」とかしか言ってなかったからな」 「えっ、ちょ、ちょっとまって……」 「いつも不安でしょうがなかったんだ。早く番いになりたくて、司法試験だって頑張ったんだ。結婚するなら、結果を出してみろって言われて、嫌いで家を出て行ったのに、初めて親父に頭を下げて笑われたよ。そこまで惚れてるなら、大事にしろって言われたんだ。もちろん大切にすると決めていたし、絶対にキズつけないて思っていたんだ。だからメールが来たとき、嬉しかった」 「う、うん……」 「急いで駆けつけたとき、おまえ、ガタガタ震えていただろう。泣いているおまえが、かわいくて興奮したんだ。最低だろ。初めてで、無我夢中で、優しくできなかった。ショックだった。おまえは意識をなくすし、気づいたらうなじなんて三つも咬み痕があるし、血が出てて、ひどい状態だった。うなじが真っ赤になって拭いても拭いても血がでてくる。手当てしようにも抵抗されるし、意識もないから急いで救急車を呼んで、医者に滅茶苦茶怒られた」 「そうなの?」 「そうだ」  深くうなずく自分がいた。 「か、噛み跡はうれしくてケロベロスってつけてるよ」 「ばか」  この抜けた声に、なんだか泣きたくなった。 「自分でつけたんだろ。とにかく、仕事戻らなくていいのかよ。も、戻りなよ」 「いい。ちゃんと休みも取って伝えてある。プロポーズだってダメ元だったんだ。休みの日だって教えてくれないし、キスだってしてこない。嫌われたのかと思ったんだ。こんな、シャツ抱きしめていやらしいの見せつけられたら仕事なんてできねぇよ」 「え、あっ…… 、ちょっ 、ぶっ」  早口でまくし立てるように喋ってしまう。どう返事をしていいのかわからず、あうあうとしてしまう七海を目にしてしまったと思った。おかしいのか、涙をうかべて笑っている。 「笑うなよ。好きなんだから。好きで好きで好きすぎて怖い。傷つけたくないし、隠されると不安が増す」  きつく抱きしめると、うなじからぷんと懐かしいあまい香りがして顔をうずめてしまう。 「んっ、くすぐったいよ」 「だめだ。我慢してたんだから。スケジュール、俺だけ書いててバカみたいだ。今日なんの日か忘れただろう」  なんどもなんども、うずのようなつむじに鼻をおしつけた。  携帯端末を眼前に、結婚記念日という文字をむけたら、七海はあっと声をだした。 「……えっと……、来週じゃなかっ……。ご、ごめんさない」  やっぱり忘れていたようだ。ぽりぽりと頬をかいて、小声でもごもごつぶやいている。俺はポロシャツを脱いで、ベルトもゆるめた。 「寝かせないからな」 「……お、お手柔らかにお願いします」 「ばか」
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