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ルカはコートをはためかせながら、さっさと屋上へ出てしまった。
遅れて、ユゥカも屋上へ出る。
「気持ち良いでしょ」
ルカが肩で振り向く。
「あたしね、ここじゃないけど、よく建物の屋上から区域の街を眺めてたんだ」
ユゥカは水溜りを踏むのも構わずルカの後を迫った。ユゥカの足から生じた波紋たちがルカに届く。
「いやあ、絶景だね」
遠くに黒煙が立ち上る、混沌たる街を眺めてルカは言った。
「ルカ」
「ん?」
「どうして——こんなことしたの」
「どうして?」
ルカは首を傾げた。まるでユゥカが怪訝しなことを尋いているかのように。
「だって、この街——んーん、この社会、国も、世界も、おかしいと思わない?」
「どういうこと」
「だってさ」
ルカは語りながら歩みを始めた。
「特殊障碍って、一世紀近く前までは、付加能力——アナザーアビリティって呼ばれてたらしいよ」
「だから何」
ルカは足を止め、白い鉄柵に寄りかかる。
「だから、特殊障碍なんて差別の理由にならなかったんだって。あくまで身体機能の一つ。筋肉が付きやすいだとか、偏頭痛持ちだとか、乳糖不耐症だとか、本来はそういう、体質の一つと同じ扱いであるべきなんだよ」
分かるかなと、ルカはユゥカに問いかけた。
ユゥカは何も応えなかった。
代わりに、ルカの黒いコートと黒髪が、白い景色と良い塩梅にコントラストになっているなどと考えている。
「つまり差別される謂れはないってことだよ」
「意味が——解らないよ。そのことと今回の事件、何が関係するの」
ルカは、相変わらずだねと言って、風になびく髪に手櫛を通した。
「ユゥカはさ」
「うん」
「この能力、どう思ってる?」
ルカは、能力という概念を象徴するように、自分の手を顔の前まで持っていった。
「どうって」
ユゥカも、ルカと対称になるように同じ動きをした。自然と、フォーカスがルカから自分の手に合う。
特殊障碍者管理厚生局に入って見てきた、犯罪に及んだ指定違法者の顔や、被害にあった民間人たちが次々と脳裏に浮かんだ。
そして——。
——ミュア……。
ユゥカはきゅっと手を握った。
能力なんてものは、不幸しか招かない。
——能力は……。
「呪いだよ」
ユゥカがそう答えると、ルカは首を振って、違うよと否定した。
「恵みだよ」
遠くで炎の柱が立ち昇った。
「足が速い、絵が上手い、声が良い。それらは才能とも言えるね。あたしたちの能力も、これと同じだよ」
だからさ——ルカはそう言って、ユゥカに背を向けた。
「おかしいんだよ。特殊障碍者だなんて呼んで異端視するなんて。ましてや、何するか判らないからって、危険だからって、あたしたちをこんな場所に閉じ込めたんだよ? こんなことが許されるとでも?」
「でも」
ユゥカはおずおずと反論した。
「実際、能力を使って悪さをする人もいる」
「でもそれは全員じゃない」
ルカは振り返ってきっぱりと返した。
「健能者にだって犯罪者はいるじゃない。なのにどうして他の健能者を捕らえないの? 閉じ込めないの? 特殊障碍者ってだけで犯罪者予備軍みたいな扱いはおかしいんじゃない?」
「それは……」
ユゥカは反論できなかった。
気付けばルカは、笑っていない。
「ユゥカに想像できるかな? 全てが管理されて、監視されて、何もできずにただ死に向かっていくだけの生活が」
苦痛でしかたがなかったんだよと、ルカは加えた。
しかしユゥカは、ルカの言っている苦痛が理解できなかった。
毎日仕事があり、毎日違った出来事を体験し、死ぬことなんて考えない生活を送ってきた。そんな人間に、ルカの苦痛が解るわけもない。
「障碍があるのは事実だよ。でもね。それを異端視して、蔑視するのは間違ってるよ」
それにはユゥカも同感だった。
障碍なんて、風邪や怪我と同じだ。生物としての種族が変わるわけではない。しかし特殊障碍者というだけで、まるで、人間とは違うモノ——化け物を見るような目を向ける者がいるのだ。それが堪らなく嫌だった。
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