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「そ」
ユゥカはなんとか声を絞り出す。
「そんなの……駄目だよ」
「駄目?」
ルカは目を丸くした。
「何が駄目なの?」
「だって、人が……関係ない人が大勢死んでる。傷付いてる。特殊障碍者だって巻き込まれてる」
ユゥカは必死で反論したつもりだったが、ルカは一笑した。
「そんなことか。まあ、巻き込まれた特殊障碍者には申し訳ないと思ってるよ。でもね、関係ない健能者なんているのかな?」
ルカは試すように笑った。
「どういう意味」
「あの人たちだって同じだよ」
ルカは明確に侮蔑の意思が込もった目で、背後の街を一瞥した。黒煙は確実に範囲を拡大させている。吹き抜ける風は、仄かに煤の匂いを含んでいた。
「特殊障碍は感染するってデマが広がって、彼らはどんな反応をした? あたしの仲間に標的にされた人にどんな仕打ちをした?」
あれが本性だよと、ルカは吐き捨てるように言った。
「それももう終わる。能力なんて誰でも発現したことがある——そんな世界になるんだよ」
「無理だよ」
ユゥカはルカの計画を否定した。
何がと、ルカはまた首を傾げた。
「ルカ。あの暴発は、短時間しか持続しない」
「だから?」
「特殊障碍者になるわけじゃない。ルカは結局、特殊障碍者の危険度を上げただけ。差別はもっと酷くなる」
意味ないよと、ユゥカはルカに訴えかけた。
——そう。
ルカがやっていることは、意味がないのだ。一時的——それもたった数分だけ能力が使えるようになるだけだ。そんなことで、ルカの言うような世の中になるとは思えない。むしろ、特殊障碍者であるルカが徒に死傷者を出したことで、特殊障碍者への攻撃はより顕著になるだろう。これでは、かつてのテロルの二の舞だ。
ところがルカは、ふっと笑った。
「確かに、このままならそうならなくもないね」
「なら——」
でもねと、ルカはユゥカの言葉に声を重ねる。
「あたしは三日前、良い能力を手に入れたんだ」
「良い能力……」
そう——と首肯して、ルカは徐に手の平をユゥカへ向けた。
「これも形質転換の派生なんだけどね。この類の能力は、現代では大抵、特定の器官にしか干渉できない。進化の過程で限定的な能力になってるから。あたしも幾つか持ってるけど、今回のは飛び抜けて面白い」
「それが、何なの」
「他人の異能抑制因子分泌器官を弄れるんだ」
ユゥカははっとした。
それが何を意味するのか、ユゥカにもすぐに理解できた。
「じゃあ、まさか」
「うん。その器官を破壊することだってできる」
ルカはにやりと笑った。
「桜庭って人に感謝しなきゃね」
「え」
ユゥカは戸惑った。どうしてそこで哲人の名前が出てくるのだろうか。
「憶えてない? この前、あたし桜庭さんって人に触ったでしょ?」
ユゥカはルカと邂逅した日の記憶を再生させる。
あの時、ルカは哲人の手を取ろうとして、手を弾かれていた。
だから何だというのだろうか。哲人は特殊障碍ではない。つまり、哲人に触れたところで、何の意味もないのだ。
ユゥカが怪訝に思っていると、ルカはあれと声を上げた。
「潜性異能力——って、知らない?」
「センセイ……」
聞き馴染みのない単語だ。ユゥカは首を横に振った。
「特殊障碍は遺伝しないけど、能力は遺伝するんだよ。健能者が潜在的に持つ能力。それが潜性異能力だよ。あたしはそれすらも読み取ることができるんだ」
そう言ってルカはゆっくりと手を下ろした。
「その能力があれば、誰でも永久的に特殊障碍者になれるってわけ。だからユゥカの言った問題は、もうクリアしてるんだよ。使うのはこれからだけどね」
「これから……」
「そう」
これからと、ルカは復唱した。
「でもこれは特殊支援区域を出てから使うつもりだよ」
「え」
——なら……。
まだ遅くない。
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