Last day「選択、そして……」

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 ユゥカはホルスターから拳銃を抜き、狙いをルカへ定めた。黒くて無骨な塊はずっしりと重い。 「やっぱり、駄目だよ……ルカ」 「それでもやると言ったら? 撃つの?」 「……撃つ」  弱々しく応答するユゥカに対して、ルカは余裕のある笑みを浮かべた。ユゥカには撃てない——それが判っているのだ。  実際、銃を構えたユゥカの手は震えていた。  今撃っても、多分、ルカには当たらないだろう。だがそれでも良い。これは、ルカにこれ以上過ちを犯して欲しくないという、ユゥカの最大限の意思表示なのだ。 「ルカ。本当にこんな方法しかないのかな」 「うん。こうでもしなきゃ、この腐った世界は変わらない。まずはこの国からだよ」  またどこかから地響きがした。 「ユゥカはさ、変えたくないの? 恨んでないの? 憎んでないの?」  ルカの言葉が、悪魔の甘い誘惑のように聞こえた。 「……私は」  違うと言えば嘘になる。だが、それを受け入れてしまえば、大勢の人の命が奪われることになる。それは許されないことだ。 「それでも、他の方法を探したい。世の中を変える道は、きっとある」  あるはずなのだ。非特殊障碍者だって人間だ。訴えかければ解ってくれる人は必ずいる。始めは少なくたって良い。非難されても良い。少しずつ、少しずつ互いに歩み寄れば、いつかは特殊障碍者が差別されない世界になるだろう。  時間はかかるが、多くの人が犠牲になるよりはずっと良い。少なくとも、こんな破滅的な方法は間違っている。  ユゥカはそう伝えた。  ところがルカは、すっと笑みを消した。 「友達が殺されてもそう言える?」 「どういう——こと」  ルカの言っている意味が解らなかった。 「藤咲ミュア。彼女は実験で殺されたんだよ」 「え……」  ユゥカはルカの言葉の内容を咀嚼するのに数瞬を要した。  ——実験で? ミュアが?  ルカの言葉が、頭の中を激しく谺する。 「な、何を……言って……」 「事故で一度死んだのが不祥(まず)かったね」 「事故……」  そういえばミュアと最後に会った日の会話で、ミュアは交通事故に遭ったと言っていた。 「彼女の能力は、蘇生。だから何度も何度も、あらゆる方法で、彼女は殺され続けたんだ」  殺され続けた——その言葉をきっかけに、ユゥカの心臓が暴走を始めた。耳許の血管がどくどくと脈打つ。 「そ、そんなの……信じられないよ……」 「彼女、失血死させられたんでしょ? 能力は血中の異能因子に起因する。蘇生の能力者はその血液を失っても復活するのか——そういう実験だよ」  肺が萎縮して呼吸ができない。  ——実験で殺された? 何度も何度も?  それはどれほど痛かったか。苦しかったか。辛かったか。  急激に込み上げた悲しさと怒りに耐えきれず、涙がぼろぼろと溢れ出た。今にも心が張り裂けそうだった。  ユゥカは胸を押さえて、膝から地面に崩れ落ちた。  ルカはそんなユゥカの許へ歩み寄り、ユゥカの肩をそっと抱いた。  そして耳許で優しく囁く。 「ユゥカ。一度壊そう。ユゥカから大切な友達を奪ったこんな世界なんて、もう要らないよ。だから」  ね——と、ルカは子供に言い聞かせるように言った。 「後はあたしに任せて」  肩から伝わるルカの体温が、いつかのミュアの抱擁を思い出させた。  ——そうか……。  もう二度とあの温もりを感じることはできないんだ。  ユゥカは今になってようやくミュアの死を実感した。  ——もう、どんなに望んでも……。  ユゥカの中で、か細い何かが切れた気がした。 「うん」  頷くと、ルカの手がユゥカの頭に触れた。 「じゃあ、あたしは行くね」  ばいばい、ユゥカ——その言葉を最後に、ルカはどこかへ消えてしまった。  白い空を映す水溜りが、ゆらりと揺らいだ。
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