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豆腐屋『そいや』
しばらく歩き、住宅街から外れたところにその店はあった。
昔からあるのか二階建ての一戸建ては背景と馴染んでいる。
古びた立て看板には『美味しい手作り豆腐』
「そいや……?」
陽斗が呆気にとられた声が漏れる。
自宅兼販売店を担っているのか、店先にひとの気配はない。
『ご用の際にはベルを鳴らしてください』
客が店員を呼び出すシステムのようで、桃花はすでに買うものが決まっているのかチンと銀色のベルを押す。
しばらくして階段から降りてくる音が響く。
「あーモモちゃん、いらっしゃーい!」
桃花の姿を確認すると、親し気に声を高らげた。
「ナギくん、こんにちわー」
話しかけるのは、色素の薄い髪の少年。長いまつ毛を瞬かせて頬に縦の二つ並んだほくろが特徴的である。
見た目は小学生。齢十ほど。
少し緩めのラフな服装でニコニコと対応するあたりこの家の子供なのだろう。
「あれっ、モモちゃん、そっちのオニ―さんはカレシー?」
少年が無邪気に首をかしげて訊ねる。
悪気はないのだろうが、桃花は一瞬ドキリとする。
そんな願望が漏れているのかと思うと慌てる。
「なっ、そ、そんなんじゃ、あ」
「家族です」
桃花が言い訳をする前に陽斗が温度のない声質で答える。
確かにそうだけど、と思いながらもその一言で片づけられてしまう今の関係性に、ズキリとした感情が桃花はうまくのみ込むことが出来ない。
「あれーモモちゃんって、確かキョウダイいなかったんじゃなかったけー?」
「あーうん。親が再婚したから……それよりっ!」
あまり子供に複雑な家庭環境をいうべきではないなと強引に話題を反らす。
「絹豆腐とおぼろ豆腐とさつま揚げ、お願いできますか?」
「はーい。毎度ありがとうございまーす。あれ今日は、油揚げはいいの?」
「あーうん、今日はいいかな」
桃花にはこの場所で秘密の習慣があった。とはいえ、陽斗がいる手前その行為ははばかられる。
「狐のご飯?」
桃花と少年のやり取りをしり目に、品物が書かれた張り紙に気になる文字を見つけて、ついつぶやきが漏れる。
他の商品よりも値段が高いのも気になるところだ。
それを耳ざとい少年はすかさず商売人の顔をする。
「オニーちゃん、それね、近所にある白月神社にお祈りすると願い事が叶うんだ。モモちゃんはよくしてくれてるよね?」
桃花の秘密を簡単に暴露されて慌てふためく。
「んーっとそれはぁ」
これ以上余計なことは言わないで欲しいと思う桃花とは真逆に、興味深げに陽斗が訊いてくる。
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