5498人が本棚に入れています
本棚に追加
「いた……っ」
玄関まで引き摺り出される間にも、千歳は「誤解だから」と、蚊の鳴くような声で拓海に縋る。
些細な抵抗にも、拓海の心が傾くことはなかった。
千歳を身一つで放り出し、続けて段ボール箱とトランクを廊下へと、ゴミを捨てるように投げた。
──『婚約は解消だ』
愛していた恋人──運命の番だと信じていたアルファから告げられた言葉を、千歳はまだ信じられないでいた。
……────。
──これから、どうしよう。
頭に栄養が回っていなくて、思考はどんどんと暗い方向へ進む。
小さなトランクを引きながら、千歳は飲食店が並ぶ通りを抜けた。
美味しそうな匂いに、愚直なお腹の虫はぐう、と高らかに鳴る。
小坂を登れば、整然と並んだ住宅のエリアがある。
千歳は街灯のすぐ横に腰を下ろした。
婚約解消を申し出された日から、二週間が経った。
事態は良くも悪くもならず、平行線のままだ。
一応、拓海に送ったメッセージには既読はつくものの、話し合いに応じてくれる気配はない。
在学中、千歳は当時付き合っていた拓海に「起業した会社で一緒に働かないか」と誘われた。
少しでも助けになればと思い、苦労して勝ち取った内定を蹴って彼の元で働くことを決めたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!