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三色団子を知っているだろうか。三つの丸い団子を串に刺した、シンプルな日本食だ。おそらく人口子宮を開発した科学者は、三色団子にインスピレーションを受けて、安全な胎児培養効率化を成し遂げたのだろう。
わたしもあなたもあの人も、CRAVEに移送されるまでは、三人兄弟のうちのひとりだった。縦長の柱型培養ケースにぷかぷかと浮かびながら、串代わりのへその緒で栄養をシェアした肉親というわけだ。
人々は同じ子宮で育った者を知らない。そもそも人間は「この世界」において家族で友人なのだから知る必要もない。肉親なんて死語を使ってみても虚しくなるだけ。
ただ、もし自分の兄弟を教えてもらえるのなら、それはカシアであってほしいと思う。
雲のように気まぐれで、夕暮れ時の波のように優しくて、真夏の太陽のように大胆なカシア。彼はなんでもやってのける。それも、全部彼にしかできないことだ。
彼はわたしにとって、神のような存在だ。
誰が相手であろうと、彼は彼でありつづけ、相手は彼の言葉を固唾を呑んで待つほかない。
先日、わたしたちは高校を卒業した。四月からの大学生活まで一ヶ月の猶予があった。
卒業式のあと、わたしたちは帰り道にある浜辺でのんびりと時間を過ごした。ときどき強く吹く海風は肌を刺したが、冬よりも春を思わせるやけに温い日差しが気持ちよかった。
「結局、ベックは恋人ができないまま高校生活を終えたな」
細い腕で無造作に砂浜を探るカシア。
〈提案:カシアの恋愛事情について言及〉
「余計なお世話だよ。カシアだって浮いた話はないじゃないか」
「運命の赤い糸」カシアはそういって、ドリルのような貝殻を見せつけてきた。「ぼくは運命を信じる。ほら、聞いてごらん」
わたしの耳がごつごつした感触に触れたあと、鼓膜に静かな波の音が響いた。
〈提案:……〉
「こんな小さな貝の中にも海がある。頭の中がそんな音に満たされる。心地いいはずだ」
カシアの金色の髪が揺れた。風に吹かれても、糸のようなそれらはすぐに元のボブカットに早戻りだ。
「運命の音は、心地いいはずだった……」
〈提案:カシアの真意を——〉
——どうしたんだい、カシア。
わたしの声は波に消された。もしそれが貝殻の波だったのなら、カシアは答えてくれたのだろうか。
翌日、旧来の形式に則っただけの無意味な郵便受けに、一枚の紙が入っていた。
『ぼくは真の運命を探しにいく。さよなら』
カシアは消えた。
このメタ精神空間から。
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