びんぼうざむらい

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 八角館(はっかくかん)で、もっとも腕の立つ(さむらい)は十兵衛です。  町に数ある剣術道場のなかで、八角館は抜群の強さを誇ります。  そのなかでの一番なのですから、十兵衛の強さは、町に住む人ならだれでも知っていました。  太い眉に四角いあご。いかつい顔だちですが、見かけによらず、十兵衛は親切な男でした。  十兵衛が一目おいているのは伝三郎です。伝三郎は二番目に強い男です。  細くひきしまった眉の下には、透けて光る目があります。侍にはめずらしく、よく笑う男でした。  道場での試合なら、十兵衛は伝三郎に負けることはありません。  しかし、道場でないところ。たとえば、広い原っぱやせまい家のなかでの戦いになれば、十兵衛は伝三郎に負けてもおかしくない、と思っていたのです。  もし原っぱで戦えば、伝三郎は草の葉をまきちらして、目くらましをするかもしれません。  もし家のなかで戦えば、柱やふすまをうまく使って、十兵衛の剣を封じてしまうかもしれません。  伝三郎には、剣術の決まりにとらわれない知恵があったのです。  十兵衛は伝三郎をおもしろいやつだと思い、伝三郎は十兵衛を立派なやつだと思っていました。  若い二人は、おたがいを認め合っていたのです。
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