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「浄」
視線を戻し、散切り頭の名を呼ぶ。
浄はしゃがみ込んだまま、藤の方を見上げてきた。浄の顔は、一目見てしまえば、忘れようもない色男だ。彫りの深い顔立ちは見慣れないが、少し垂れた目元が魅力的だ。藤とは対称的な、厚く肉感的な唇をしている。
「お前、男が好きだろう」
淡々とした藤の言葉に、浄は不意をつかれたように、目をぱちくりと瞬かせる。今まさに、数十人の者の命を葬り去った男のものとは思えないような、あどけない表情。
「藪から棒に何だ。そんなわけなかろう」
一瞬気まずい空気が流れ、浄は、誤魔化すように笑った。抜き放ったままにしていた刀を、曲げた肘の内側で挟むと、着物の袖で無造作に拭う。そのまま、鞘に納めて立ち上がった。
横に並ぶと、浄は藤より三寸程背が高い。藤も一般的な成人男子と比較すれば背が高い方なので、浄が飛び抜けて大柄なのである。
「隠さなくていい。ここ数日の様子を見て、気づいていた」
藤が言葉を重ねると、浄は黙った。
この世での男色は罪だ。そうと知られれば捕まり、罰せられるもの。世の朝廷がそう定めている上に、一般人の感覚としても男色嫌悪は浸透している。
いったい藤が何を言い出すのか、浄は探るようなまなざしを向けた。
篝火を揺らした、生ぬるい風が吹く。
「わたしを、抱かせてやろうか」
血と潮の匂いに満ちた集落の中で、藤は艶やかに微笑んだ。
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