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1 赤の記憶
触れ合うだけで誰かを殺してしまう、そんな自分ははたして生きていていいのだろうか。
四肢が弾け飛び、地面いっぱいに血の赤をまき散らした少女の体を見下ろしながら、陽向はただ茫然と立ち尽くす。
確かに聞いてはいた。自分達一族は他の一族と触れ合ってはならない、と。
我々はその力ゆえに地上から追われ、地下で暮らす一族。触れるだけで相手を壊してしまえる力を持つ、一族。
けれど、同じ一族同士の触れ合いではこんなことになったことがない。
だからあの教えは迷信だと思っていた。そんなこと、あるわけがない、と思っていた。
「遊ぼう」
そう言って無邪気に笑った彼女の手。柔らかそうな白い手。
その手を握って一緒に走りたい、そう、幼い自分は思ってしまった。
恐る恐る伸ばした手を彼女がぱっと掴んだ、その瞬間。
彼女の体が、弾けた。
「陽向!」
悲鳴のような声を上げ、祖母が駆け寄ってくる。続いて松明を掲げた大人の男たちが続く。
「やってしまったのか……」
「巫女様に報告せねば」
「報告もいいが、この子の村にはなんと言うんだ。また反感を買うぞ」
「だから言ったのだ。村境を侵すなと。それを侵してまで入って来たのはこの子だ。我らに非はない」
「しかしなあ……」
大人たちが囁きかわす。その輪の中、祖母のしわだらけの手が陽向の目と耳を覆う。
「陽向、大丈夫だ。大丈夫だ。お前は悪くない。お前は決して悪くはないよ」
悪くない。
そう繰り返す祖母の言葉を聞きながら陽向は目に焼きついて離れない赤を思って拳を握る。足が震えて立っていられない。蹲る陽向を祖母が抱きしめる。
温かい胸の中に抱きしめられる陽向の脳裏に浮かび続けるのはあの少女の顔。遊ぼう、とはしゃいで言った彼女の屈託のない笑顔。
「ばば様……闇人って……やっぱり正しかったんだね」
自分の肩を支える祖母の腕がわずかに緩む。そうっと顔を覗き込む祖母に、陽向はついに我慢できず泣き出しながら訴えた。
「こんな力、危なすぎるもの! 普通の人と一緒になんて暮らしちゃいけなかったんだよ!」
泣きじゃくる陽向を祖母が力いっぱい抱きしめる。
「もうその名を口にしちゃいけない。それは我々とたもとを分かち、我らを地下へと押し込めた裏切者の名なのだから」
裏切者。
幼きあの日、自分が人を殺したあの日。
祖母が告げた、裏切者、という言葉を陽向は今も忘れられずにいる。
真っ赤な血の記憶とともに。
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