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10 疑念
「天敵って! 天敵って言ったのに?」
戸口に向かっていた彼の足が止まる。
呼び止めることに必死で、体のことを考えず動いたためか、体が悲鳴を上げる。だがそれに構わず、陽向は振り向いた彼に向かって身を乗り出した。
「天敵なのに、助けるのか」
黒い目が再び陽向を凝視する。陽向の動きを縫い留めたあの強い眼差しでこちらを見据えた彼は、ややあって目を逸らすと、テーブルの上のランプを取り上げ、石戸をからり、と引き開けた。
「食事、持ってくるから。寝ていて」
「ちょ、待っ!」
彼はもう足を止めず、そのまま扉は閉ざされた。ランプの明かりを失った室内に再び灯るのは、まるで星空から零れてくるかのような青白い光のみ。
熱もなくただ降り注ぐばかりのその光を浴びながら、陽向は深く息を吐く。
闇人。
自分達一族を地下へと追いやった憎き仇。
でも、なんだか思ったのとは少し違う。
もっと禍々しい奴らだと思っていたのに、彼からは悪いものはなにも感じられなかった。
敵、ではないと思っていいのだろうか。
少なくとも自分で天敵と言いながら陽向を殺そうとしないところを見ると、敵意はないように見える。
だが。
そこまで考えをめぐらせてから、陽向は別の可能性に思い至り瞠目した。
食事を持ってくる、と言って出ていった彼。あれは本当にそうなのだろうか。実は仲間を呼びにいったという可能性はないだろうか。
だってもしも本当に天敵なら、やはり助けるのはおかしい。
そうだとしたらこんなところでのうのうと寝ていていいのだろうか。みすみすやられてしまわないか。
逃げ出さなければ。
恐怖を感じ、身を起こす。彼が言う通り、骨が折れているらしい。少し体を動かしただけで痛みから呼吸も止まりそうになる。だが、このままここにいても殺されるかもしれないのだ。だとしたらじっとなんてしていられない。
ふらつきながら床を踏み、彼が出ていった石戸に手をかける。鍵がかけられているかもしれない、と一瞬思ったが、なんの遮りもなく、扉はあっさりと滑った。
幸いにも頭上高くで輝き続ける石のおかげで、暗闇に目を塞がれることもなく、周囲の様子はしっかりとわかる。そのことにほっとしながら軋む体を引きずり、岩壁に縋るようにして立ち上がった。
その陽向の耳に声は唐突に突き刺さった。
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