12 大丈夫

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12 大丈夫

「寝ていて、と言ったはずだけれど」  責めるような口調ではなかった。けれど陽向はやはり身をすくませた。  なんだろう、この人は、普通と違う。なにかが、違う。  闇人だから? だが、先ほど矢を射かけようとしてきたあの男もおそらくは闇人のはずだ。けれど、目の前の彼のような得体のしれない暗がりを彼には感じなかった。  馬酔木と呼ばれたあの男に向かって投げられた声。  光の一筋も届かない崖底の闇を思わせるような重さを孕んだ漆黒。どんな色も確実に塗りつぶす濃い色を秘めた、声。  禍々しさなどないと思っていた彼だったが、あの瞬間、彼を覆っていたのは間違いなく粘ついた闇だった。 「怖い?」  ささやかな声にはっとして陽向は目を瞬く。間近くこちらを見上げる彼と目が合った。 「怖い、かもしれないね。自分でもときどき自分が怖くなるときがあるから、仕方ない」  かすかに笑んで彼は目を伏せる。発せられた声は、色も引っかかりもない感情の読めないものだった。けれどその声を耳にし、彼の漆黒の瞳が瞼に閉ざされたのを目にした瞬間、陽向は激しく後悔した。  彼に怯えた顔を見せてしまったことに。  自分は彼のことなどかけらも知りはしない。目を覚ましてまだ少し、会話らしい会話もしていない。なのに今、なぜか陽向にはわかった。  目の前の彼が確かに傷ついたのだ、ということが。  怖がられる自分を自身で納得しながらも他者からの自分への恐怖を感じ、やりきれなさを感じたのだ、と。 「あの、さ」  固まっていた口を必死に動かして、陽向が口を開くと彼が目を上げる。問い返すように無言で首を傾げた彼に、陽向はぼそぼそと続けた。 「助けてくれて……あり、がとう」  黙ったまま、彼は陽向を見上げ続ける。黙られ過ぎて静寂で耳がおかしくなりそうだ、と思いはじめたころ、彼が短く息を吐いた。 「君はやはり違うね。僕らとは感覚がまるで」 「そう、なのか?」  それほどおかしなことは言っていないはずだ。首を捻るやいなや、忘れていた体の痛みに襲われ、陽向は呻きながら背中を岩壁に押し当てずるずると蹲る。  だが完全に座り込みそうになったその陽向の腕が横合いから取られた。とっさに腕を払おうとするが体に力が入らない。 「触ったら…………」  今度こそ死んでしまうかもしれない、と言いかけたが、その声などまるで聞こえないように、彼が陽向の無事な方の腕の下に体を滑り込ませる。 「体重、こっちに預けて」  無表情にそう言う。だけど、と口を開きかけたとき、ふいに彼が囁いた。 「どれだけ触っても僕は壊れない。だから大丈夫」
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