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13 死なないでいてくれる
どきり、とした。体を通してその心音が彼に伝わってしまいそうな近い場所から陽向を見上げた彼は、静かな口調で、大丈夫、ともう一度言ってから、陽向の腰にするりと腕を回した。
「行くよ」
距離のない場所から聞こえてくる声。触れた腕。そこから感じられる、ひそやかな体温。
一族以外の者とは決して触れあってはいけない、と言われていた。触れたら殺してしまうから、と。
自分達は一族で閉じていなければならないと。
そしてそれは真実で、自分は一人の少女を殺してしまった。手を触れた、ただそれだけで。
だからずっと怖かった。一族だろうとそうでなかろうと、触れたらまた殺してしまう気がしたから。
痛みに顔をしかめながら陽向は自分を支える彼の顔を見下ろす。
白い顔。真っ黒い髪。自分とは明らかに違う姿の彼。
この人は自分達一族の人じゃない。本来ならこんな風に触れることすらかなわないはずの人なのに。
なのに、この人は、死なない。
死なないで、いてくれる。
気がつくと頬に涙が零れていた。
「どうしたの」
やっぱり色のない声で彼が言う。いや、曖昧に返事をし、彼から見えないように顔を逸らしたとき、ふいに彼が言った。
「悪鬼というのは、僕たちよりも感情豊かだったんだね」
「それ……」
しみじみと言う声に、苛立ちが胸に湧き上がる。だが、やはりあばら骨が折れているからかうまく声が出ない。咳き込む陽向を抱えたまま元の部屋へと戻った彼は、陽向を寝台の上に座らせてから問い返した。
「それって?」
「悪鬼っていうの」
息が苦しい。肩で息をする陽向を無表情に横たえる彼を睨み、陽向は訴えた。
「悪鬼って呼ばないでほしい」
陽向の訴えが彼には意外だったらしい。切れ長の目を見張ってこちらを見下ろすその悪気のなさそうな顔から、彼にとっては悪鬼というその名が蔑みでもなく、ただの呼称でしかなかったのだ、とすぐにわかった。が、悪鬼なんてやはり気分の良い呼び名ではなかった。唇を引き結んで彼を睨み続けると、彼は、そうか、と声を漏らしてから尋ね返してきた。
「じゃあ、なんと?」
「なんとって、ええと」
横たわりながら陽向は頭上を見上げる。しばらく思案したのち、陽向はぼそりと答えた。
「陽向。俺の、名前」
「ひなた」
淡々と名前を繰り返す。涼し気に澄んだ声で呼ばれた自分の名前に、我知らずどきりと再び心臓が音を立てる。困惑しながら胸元を抑える陽向に、彼は眉を顰めた。
「骨、内臓を傷つけてはいないと思うけれど、息できない?」
「だい、じょうぶ」
小さく息を吸って吐く。息はできる。だが胸を上下させようとすると激痛が走る。たまらず顔を歪める陽向を、眉を顰めて見つめながら彼は言った。
「病はなんとかできるけれど、怪我ばかりはどうしようもない。とにかく安静にしていて。食べる物、用意してくるから」
言葉の途中ですっと立ち上がる。陽向に背を向け、再び石戸の外へと出ていこうとする彼に陽向は焦って問いかけた。
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