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20 平然
陽向が寝かされているこの建物は、楓の隠れ家のようなものらしかった。
「隠れ家?」
横たわったまま尋ねると、寝台のすぐ横の椅子に腰かけた楓は膝の上で本を開きながら、そう、と気のない横顔で頷いた。
「里はなにかとうるさいから」
ぱらり、ぱらり、と頁がめくられる音がする。その音を耳に収めながら陽向は尋ねた。
「闇人っていうのはさ、どんな暮らしをしているの」
「どんな?」
本から顔を上げないまま尋ね返してから、彼はつまらなそうに答えた。
「おそらく君たちと変わらないはずだよ。生きるための活動をしている。それぞれの役割に従って。ただ、それだけ」
「あんたにはどんな役割が?」
そう問いかけたのは彼がこの小屋にいる時間が長かったからだ。それだけの意味しかない問いだったが彼は横顔だけで顔をしかめ、投げ捨てるように言った。
「諜報活動?」
「は?! そんなわけないだろ!」
声を荒らげ身を起こす。いてて、と呻きながら胸を押さえる陽向の横で、彼はようやく本から顔を上げて肩をすくめてみせた。
「まあ確かに嗅ぎ回るつもりならこんなところでとっつかまってもいないか」
「と、っつかまってる?」
思わぬ言葉を聞いて声が裏返る。楓はそんな陽向が面白かったのか、くすりと笑ってから本を机に戻して言った。
「その自覚なかったのか。君は僕たちの天敵だと言ったのに。そんな天敵を野放しにしてなんておけない。だから僕がここで見張っている」
「それがあんたの、役割?」
そう問いかけたところでふと陽向は思い出した。目が覚めた直後、馬酔木という男に矢を射かけられそうになったあのとき、彼が馬酔木に投げた言葉を。
…………馬酔木、長は誰?
「あんたは、ここの長、なの?」
彼はその問いには答えなかった。ただ気だるげに笑っただけで、再び本を取り上げる。
そのまま読書に戻っていく彼のあまりにも波立たない顔に陽向は苛立ちを覚えた。腕を伸ばし、本を開く彼の手首を掴むと、億劫そうに彼がこちらを見た。
「なに」
「なにっていうか」
そもそもどうしてあんたはそんなに平然としていられるのだ、と言いかけて陽向は問いを飲み込む。
…………どうしてと聞かないでくれる?
そう苦し気に言った彼の声が耳の傍で蘇ったから。
だが、聞けないのだとしたら自分はどうしたらいいのだろう。昨日のあの突然の口づけをどういうものとして処理したらいいのだろう。
あの後もまったく平然としている彼に合わせ、あのことはなかったことのように振る舞い続けてきたけれど、もともとそれほど大人でもない。思ったことを仕舞い続けて平静を装うなど自分には向いていない。
「やっぱりよくわからない」
「何の話」
波風一つ立たない表情に心のもやがますます大きくなる。掴んだ手首を引いて彼の体を自分の方に引き寄せると、細い体が傾ぐ。距離の詰まった位置から黒い目がこちらを見つめていた。
揺れも乱れもないその眼差しに苛立ちながら、陽向は彼の鼻先まで顔を近づけて囁いた。
「この距離でもまだ、何の話か思い出さない?」
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