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プロローグ カモメorウミネコ
海岸に私が立っている。白い翼が駆けていた。翼の持ち主は、澄んだ青空と海原の間を旋回しながら、キラキラと光る水面の下を、抜け目なく睨み付けていた。
海面下の獲物を狙う小さな狩人たちは、魚の動きを、そこから波及する小さな飛沫から察するのだという。見事な観察眼だ。わが軍の連中も、あのカモメ共くらいの緊張感を持って見張りをしてくれれば……。
「……いや、ウミネコか? むぅ、どっちだ……というか何か違いがあるのか……?」
「鳴き声が違いますよ。ニャー、ニャー、って、猫みたいに鳴くのがウミネコです」
独り言のつもりだったが、返事が来た。それも思った以上に近くから。振り向くと、私の目と鼻の先で、和泉二等が海原に目を向けていた。
「ほら上官、聞いてみてくださいよ。どっちに聞こえます?」
「……どっち、と言われてもな。どちらの鳴き声も聞いたことがないから、何とも言えん」
嘘だ。本当はそもそも聞こえてすらいない。私の耳は、彼女の声と、私の心音に支配されていた。
「えー、仕方ないですね。えーっと……あぁ、やっぱりウミネコですよ。ほら、ニャーニャ―鳴いているでしょう?」
「そう、か? ……うん、言われてみれば、そうかもな」
「でしょう?」
コロコロと、彼女が笑う。
彼女の視線はウミネコを眺めていたが、私の視線は、彼女の笑顔を見つめていた。
不意に、彼女の視線が揺れ、こちらを見ようとする。私は慌てて視線をウミネコへ戻す。が、白い翼は、私が見てない間に獲物を攫って行ったらしく、遠くへと去っていくところだった。
蒼と碧の境目へと去っていく白い集団。心を落ち着けるべく、隣に気付かれぬよう呼吸を深くしながら彼らを見つめる。
「……行っちゃいましたね」
「そうだな」
「あの子達、海の向こうまで行くんでしょうか」
「どうだろうな」
「それなら、敵船の様子とか、ついでに見て来てくれればいいのに」
彼女らしい冗談に苦笑する。だが同意見だ。あのウミネコ達は、水平線の向こうまで行くのだろう。ならついでに、偵察の一つでもしてくれないものだろうか。
影すら見えぬ敵達を。我が国を狙う敵国の戦艦の様子を。その鋭い眼で観察してきてはくれないものか。
「……それで、何の用だ? まだ訓練の時間は終わっていないはずだが」
「ちょっと上官に会いたくて来ちゃいました」
落ち着きかけた心臓がまた跳ね上がる。心中を悟られまいと、彼女を睨みつけて、
「馬鹿が、さっさと訓練に戻れ!」
「はーいっ」
カミナリ親父に叱られた悪戯っ子のように、慌てて海岸を離れ、訓練場へと戻っていく様子を、呆れたまなざしで見つめる。
周りに他の視線が無くて助かった。多分今の私は、普段よりずっと動揺して見えている。
あの馬鹿者は、気付かなかったようだけれど。
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